ギリシャからの便り/つーやん
2010 / 03 / 12 ( Fri )
第6回Panelonios Agonas 100Km


土曜日(3月6日)の100キロマラソンの報告です。

結果は84キロ(フル2本分?)リタイヤ。

参加者は80人でスパルタスロンの参加資格の10時間30分を切った人は10人
を含む時間内(12時間内)完走は合計18人でした。完走率は22.5%の厳し
い結果でした。(12時間台の時間オーバー完走は6人)

         ラップ          合計 
スタート→10k 50分35秒
10k →20k 52分33秒   (1時間43分9秒)
20k →30k 1時間1分26秒 (2時間44分36秒)
30k →40k 1時間9分4秒  (3時間53分40秒)
40k →50k 1時間17分43秒(5時間11分24秒)
休憩11分50秒          (5時間23分14秒)
50k →60k 1時間24分54秒(6時間48分9秒)
60k →70k 1時間21分47秒(8時間9分56秒)
70k →80k 1時間26分11秒(9時間35分7秒)

80k →84k 42分50秒   (10時間17分58秒)

金曜は夜1時に仕事が終わり午前2時くらいに帰宅。
シャワーを浴びご飯を食べ午前3時に就寝。
朝4時半に起床して3週間前に捻挫した右足首に捻挫予防用のテーピングをしてレ
ース用におにぎりを5個作りご午前5時過ぎに家を出ました。

集合場所はアテネクラシックマラソンのスタート地点なので間違える事はないと思
っていましたが途中うっかり道を行き過ぎてしまい曲がる場所を間違え到着がレー
ス15分前になりました。

ゼッケンを受け取り着替えてウエストポーチに必要そうな補給物資を入れスター
ト。
コースは25キロを4周するコースなので3回は自分で用意した物資が補給できる
があまりにもスタート前バタバタしたので車の中にそれらを置いたままスタート。

朝は気温が9℃と走りやすい状況でした。
スタートして寝不足のためのハイテンションか体の調子が良かったのか分かりませ
んが軽く走っているつもりでも先頭集団の中にいました。これが後で取り返しのつ
かないことになりますが・・・。

10キロのときは50分35秒で確かに早いと思いましたが体が軽いのでそのまま気
にせず走っていました。
途中13キロ〜14キロの地点で湿原地帯みたいなのを横切っている道路のコースが
ありました。そこの水が道路に溢れていて足首の上まで浸かる地点が4箇所ぐらい
長いので50メートル続いたところがあり靴の中はビショビショ。

20キロまでの10キロは52分台でさすがに早いと思いペースを落とし先頭集団から
離れました。

コースも2周目に入り30キロまでの10キロは1時間1分で理想のペース。
キロ6分ペース(10キロを1時間)で走るのを考えていたのでこのまま行けばスパ
ルタスロンの参加資格の10時間30分以内までは45分の貯金。

40キロまでの10キロはまたもや湿原地帯で精神的に参りました。
少しペースが落ち1時間9分台。

50キロまでの10キロは足がふやけた感じがしたのと20度以上の気温に暑くて
ペースダウン。
ペースダウンしすぎてこの10キロ1時間17分もかかっていました。

2周目終了時の半分のこの時点で5時間11分で焦りましたが楽しみにしていた焼
肉入りおにぎりや後半の補給物資、靴下などを車まで取りに行きおにぎり食べまし
た。美味しかったです!
靴下を換えようと思い靴下を脱いだら豆防止のテープが剥がれていたりテーピング
の境目とかかとの部分が擦れて水ぶくれができてました。
さほど痛みを感じ無かったので12分ちかく取った休憩の後に巻き返しをしようと
しました。

休憩を取っている間に66歳のおじさんが追いついてきて驚きましたが3周目はこ
のおじさんと一緒にスタート。ところが休憩を取りすぎたせいなのか前半にペース
が速かったせいなのか足が動かない状態で70キロまではキロ8分台になり結局こ
のおじさんと1周同じぐらいのペースでした。

目標の10時間半は切れない時間になりましたがここまできたら時間内完走を目指
そうと思い75キロから80キロまではキロ7分台までペースを上げましたが80
k地点で靴の中が痛くなり歩き主体になり後ろから来たおじさんがギリシャ語で話
しかけられ握手をして別れを告げ例の水溜りの場所の手前の84キロ地点の補給所
でリタイヤを告げました。

係の人に聞いたらほとんどの人が途中でリタイヤして僕がリタイヤした時点での走
っている中での最後方人だったみたいです。

収容してくれる車でスタート地点に行きましたが車の中で昔船乗りで日本に行った
事がある人や空手を習っている人が片言の日本語をしゃべってきて楽しかったで
す。

スタート地点に戻り休憩しようと思い車の中で着替えて座ったらいつの間にか眠っ
ていて起きると2時間経っていて辺りは真っ暗になっていました。
気がつくとあの66歳のおじさんがゴールに向かっていました。
12時間39分と時間外でしたが残っている皆が拍手して感動のゴールシーンでし
た。

水溜りや気温や寝不足など条件は悪かったですが完走している人もいるのでそんな
のは言い訳になりますので次は目標達成目指します。目標は達成できなかったです
がかなりたくさんの収穫や課題が見つかりました。あと明らかに今回のレース直前
の3ヶ月間トレーニング不測です。
この経験を生かして次の100キロマラソンは10時間30分切れるようにトレー
ニング積みたいと思います。

ということで今年もスパルタスロンはサポートに徹したいと思います。
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7/18-19 Vermont 100/ねこびさん
2009 / 07 / 29 ( Wed )


MMTのDNFから2ヶ月

Vermont100(http://www.vermont100.com/)を走ってきました。


MMTと比較するとコース自体はVermontは楽でした。最初の70マイルはジープロードが多く、シングルトラックのトレイルは少なかった。さすがにラスト30マイルはほとんどシングルトラックのトレイルで、最初の70マイルよりも、最後の30マイルのほうがきつかった。





ただ、このレース、馬との共存のレースで、ランナーは4時にスタート。馬の100マイルレースは5時にスタートです。ランナーと馬が同じコースを走ります


馬のエイドにはニンジンががおいてありました。さすがにお腹が減ったランナーでもあのニンジンは食べられないでしょう。





レース前日のメディカルチェック。今回もレース中に体重がスタート時よりも、7%落ちたら、ドクターストップで、強制的に棄権です。






その後、レースブリーフィングに参加。




今回はムキちゃんの初100マイルレースで、最初から最後まで一緒に走りました。






スタート時の天候は雨。前日の夜から雨で、最初コースはかなりぬかるんでいました。


10マイルもすれば、天候は回復して、その後はいい天気です。
10マイルちょっとで、馬にどんどん抜かされていきます。やっぱり、馬は速い。



途中、Covered Bridgeも通ります。



今回のクルーのConchkunとウッチーさんと30マイル地点のASで合流です。




47.2マイル地点。Camp10Bear ASに到着。

50マイルを11時間40分で通過。このまま行けば24時間を切れるかと思いましたが、
ちょっと無理でしたね。









Margalitavile AS (62.1マイル)でラーメンを食べます。ムキちゃんはうどん。










2回目のCamp 10 Bear AS (70.1マイル)。夜になって午前中とは全く様相が違います。
ここからペーサーがつけるので、ウッチーさんがムキちゃんのペーサーとして参加。
最後30マイルは3人で走ります。









Bill's AS (88.6マイル)。3人ともかなり疲れています。





レース中、2回目の夜明け。



途中、道に迷って、40分くらいロスしたけど、なんとか27時間51分でムキちゃんと同時フィニッシュです。 初100マイラーでこの記録はすばらしい。 おめでとう。
クルーのconchkun,ウッチーさん、サポートありがとう。









9月の某レースの為のいい練習ランになりました
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Kurikello 2009 /つーやんさん
2009 / 07 / 28 ( Tue )



先週土曜日は今月やっと3回目の休みだったのでKurikello 2009と言う山のランニングレースに出てきました。

場所はギリシャのEvrytania(トリカラの南100キロくらいの所、アテネから北西へ250キロ) ギリシャのランナーの誘いで急きょ参戦決定!
とても美しい山みたいで走るの楽しみでした。

レースは夕方5時からでダウンヒルが多いとの事。
レース後はギリシャのランナーたちとその地方の美味しい食事の予定で1泊して帰る予定ですがバスがアテネに着くのは午後3時。次の日は夕方4時から仕事でしたが・・・。



金曜は深夜3時に仕事からの帰宅でしたが次の日の朝は頑張って起きて土曜日はレースで主催者が用意していただいたバスで朝11時からアテネから250キロ離れている目的地Evrytanioと言う村に向かいました。レースは夕方の17時開始予定でしたがバスの出発の遅れ、途中の渋滞、サービスエリアでの集合時間を守らない人などで到着が遅れて開始は1時間遅れの18時からになりました。歴史的な戦いの舞台の村らしくスタート前に昔のギリシャの戦士の姿をした人たちの戦いのデモンストレーションがありそれからスタート。この日はアテネは43℃まで気温が上がりましたがこの村は標高1700メートルで28℃でそんなに暑く感じなかったです。

スタート前におなかが痛くなりトイレに言ったが



紙が無くて我慢したのが悪くてスタートしてから調子が上がらないまま6〜7キロまで走り救急隊から紙を貰ってコースをはずれジャングルタイム(カンペイさんの世界一周のブログ見てる人なら分かるはず?!)食事中、前後の方はすみません。

大幅なタイムロスでしたがすっきりしてその後かなり速いペースでとばすことができいいスピードトレーニングができました。ジャングルタイムのあとは人に抜かされること無く50人くらい気持ち良く抜かせました。最後の2キロは急なくだりだったのでキロ4分を切ってました。コースは未舗装の林道主体でした後半の緩やかな上りも力強く走れたのは良い収穫になったと思います。今度、スタート前こういう場面になっても我慢しないでなんとかしたいと思います。19.5キロの距離を1時間43分18秒と言うトータル的には平凡なタイムでした。





レース後はTシャツその他お土産をたくさん貰いその後その村の羊の肉や野菜、ザジキ、ギリシャのパイ?、その他たくさんのギリシャ料理とビール、ワインなどランナーに振舞われました。村もお祭りみたいになって楽しかったです。深夜0時にホテルにバスが向かう予定が皆は飲みすぎ祭りを楽しみすぎて2時過ぎにバスがホテルに向かい寝たのは3時過ぎですごくしんどかったけどその村の人たちもすごく優しく料理も美味しく主催者に感謝です。
ギリシャのレースは参加費が安いのやら無料と言うのが多いのですがこのレースは無料。アテネからの往復バスも無料。おまけにレース後の食事も無料でスポンサーには感謝です。

その後山の景色がすごく良いカルペニシのホテルで1泊(一人20ユーロ)してアテネに帰りましたが案の定バスが遅れたのでそのまま職場に直行してギリギリセーフで間に合い仕事しました。 

http://www.runningnews.gr/?id=2582&parent=home   
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Olympus Marathon 2009オリンポスマラソン完走記/つーやんさん
2009 / 07 / 02 ( Thu )


ギリシャ在住のチームメンバーひとり・・・つーやんさんが、
ギリシャ神話の地である同国最高峰のオリンプ山で、山岳マラソンに参加しました。




その大会とは、Olympus Marathon (オリンポスマラソン)。
見事に、この山岳マラソンを完走しました。


標高2800m往復の全長43.8キロの本格トレイル。定員は600名。

地元ギリシャ人ランナーは、3時間で定員に達するほどの人気のレースです。

ヨーロッパでも、日本同様にトレイルブームです。

4月末までには、すでに900名を突破(申し込みは5月15日まで)。

でも、外国人枠が設けられているようです。

 
さてこのオリンポスマラソン、エントリーに際して「3年以内の、20キロ以上のトレイルラン、又はマウンテンマラソンの大会完走経験」が必須条件です。





つーやんさんのオリンポスマラソン完走記


オリンポスマラソンの結果報告したいと思います。

今回はゴール地点に主催者から紹介してもらった宿にレース前日と当日泊まりました。

レース前日のパスタパーティー会場で締め切りギリギリでエントリーしたフルを3時間切った事ある大阪のおばちゃんに会いました。
今回25カ国約600人参加のレース。レース前日はゆっくり過ごしいろんな参加者と話でき面白かったです。
僕の泊まった宿は16部屋しかないけどここに昨年の1位から3位の人や優秀な成績を残した人が泊まっていて色んなトレーニングを教えてもらったので参考にして次回に生かしたいと思います。




スタート時刻が日の出の6時5分なので朝4時に起き宿で昨年この大会3位のネパールからの参加者(この方昨年、ウルトラトレール・ツールド・モンブランの総合2位)と一緒に話しながら朝食を食べてスタート地点に行くバス乗り場に向かいました。
宿に忘れ物(ペース表)を取りに行き宿を出ようとするとこの大会2回優勝(昨年は2位)のニコラス選手が声をかけてくれスタート地点まで車で送ってくれました。彼は日本に行った事がありその話で盛り上がりました。

さて、まえおきが長くなりましたがレーススタート。
海抜3メートルの遺跡の横からスタートして最初の6キロはアスファルト。そこから一気に標高2700メートル付近の21キロ地点まではほぼ登り。僕の作戦は前半に体力を残して後半の得意の下りでスパートの作戦で6時間台が目標でした。
前半は4時間くらいで素晴らしい景色を写真に収めながら山の湧水を飲みながら登ってました。2000メートル付近までは素晴らしい森林、その後は岩が多くこのマラソンの高度の一番高い地点はは写真にも収めましたが山頂付近の「Throne of Zeus」の雪が残っている崖みたいな所でした。ガスがかかっており神の世界的な感じでしたね。


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スパルタスロン2008完走記/ウルトラの娘さん
2009 / 06 / 22 ( Mon )




【はじめに】




「ヨウコ、何デ、キモノ着ナイノ?」


昨年の表彰式で素敵なイギリス人ランナーのこの一言で引退宣言を撤回、再チャレンジを決めたスパルタスロン。

英会話を習い始め茶道のお稽古も浴衣で臨み、準備は万端!動機は不純だけれどせっかく走るならもちろん完走したい。

中略

大きなレースを前に1人で調整していかなければならない不安や寂しさ、マイナスの思いが渦を巻いてじっとしていると気が狂いそうだった。

忘れたい一心で朝から晩までがむしゃらに走っていたそんなギリギリの状態をつないでくれたのはチームのメンバーやランナー友達から時々来る電話やメールだった。“がんばっているのは自分だけじゃない。“そのときの私にはそんな仲間の存在が何よりも嬉しかった。

【スパルタまでの走行距離と主要練習会・レース】


2007 12月 北九州〜国東〜別府180km走(大分空港140km地点で挫折)
2008 2月 北九州〜国東〜別府リベンジ180km走(26時間で完走)
5月 548km 萩往還250km(45時間51分04秒)を含む
6月 446km にちなんおろちマラソン100km(9時間53分47秒)を含む7月 566km 富士山合宿、玄海100kmマラソン試走(14時間45分で完走)を含む
8月 722km 麻生林道ナイトラン55km、北九州本城12時間走(自主練)を含む
9月 317km (スパルタまで) 

 私の場合はレースよりも練習会の方がよっぽどきつい。特に北九州URCで走った180km走は、寒さで凍えて本気で死ぬかと思った。

玄海100km試走は殺人的な暑さで熱中症と膀胱炎を併発し、ゴールで泣いてしまったくらいきつかった。“練習でレース以上の事をしていないと走れるわけがない”と言うのが私のウルトラに対する考え方だ。

【出発からスタートまで】


今年のスパルタスロンは『TEAM THE HORIZON 』の一員として参加した。

大部分のメンバーとはお台場24時間走や萩往還で事前に顔を合わせていたので、福岡空港〜関空〜ドーハ〜アテネまでの道のりは長かったけれどとても楽しかった。

250ユーロの参加料にも含まれる選手村のロンドンホテルは様々な国のランナーが集まるが、今年は直前に日本人専用のパレスホテルに変更された。食事もおいしく、フロントスタッフも親切で快適だったが、国際交流のチャンスが減ってがっかりだった。

レースまでの数日は、アテネ観光やエイドの荷物の準備、エーゲ海沿いを軽く走ったり、地元のスーパーでお土産探しをしたりしてのんびりと過ごした。

【スタートからコリントス(81km)まで】


レース当日の朝は4時に起床、部屋で日本から持っていたα米とインスタントみそ汁、果物などで簡単に食事を済ませた。

6時にバスでスタートまで移動する。辺りはまだ暗い。ライトアップされたスタート地点はとても幻想的で続々と人が集まってきた。

初出場者やスパルタ常連者、昨年のリベンジを誓うランナー、想いはそれぞれあるのだけれど、皆今からはじまるビックレースを前に興奮しているようで、辺りは騒然としていた。

カウントダウンでスタートし、小さな段差やあちこち穴につまずかないよう、足元に気を配りながら駆け下る。アテネの大通りは大渋滞が起きている。


警察の誘導で止められた車からクラクションが鳴り響く。まわりのスピードに飲まれてペースが全く分からなくなった。

いくつかの町を越え、20kmを過ぎたあたりからエーゲ海沿いのコースに入る。ここからは思わず声をあげてしまうほど、空と海のブルーがきれいだ。

ギリシャの色のイメージは青と白を思い浮かべるが、この空と海と切り立った白い岩肌がそう連想させるのだろうか。

海辺を覗き込むと海底がはっきり見えるほどの透明度。日差しはまぶしくなっていたが、この景色を記憶にとどめたくてサングラスをはずした。


アップダウンは結構あるが、気持ちが高ぶってそんなことは全然気にならない。246kmの中でここが一番わくわくする景色だ。

40km地点で時計を見ると3時間39分だった。

フルでいえば3時間50分のペース。練習ではスピード練習は一切していないが、本番でペースアップしても意外と走れるものだ。体が止められないくらい軽い。

今年は去年よりも断然涼しくて走りやすい。


最初の主要CPのコリントス(81km)についたのは8時間09分。

去年より30分くらい速く自分でもびっくり。身体は全くきつくない。続いてメンバーのZepさんが到着。チームサポーターの前村さんによると、他のメンバーはまだだいぶ後からきているらしい。


みんな無事に走れているだろうか。1時間半の貯金を作れてほっとする。

それにしても、主要CPというのにトイレがない。守衛さんに声をかけてかしていただいたが、この大会の(…ってより、ギリシャ自体)トイレのなさにはホントに閉口してしまう。

【コリントスからネメア(124km)を抜けて、リルケア(148km)まで】


102kmの街中のゼブゴラシオで長めに休憩を取るつもりで、約20分休憩してコリントスを後にする。

ブドウ畑の静かなコースに入ると日はかげり、今年は少し寒いくらいだった。充分貯金を作れているので余裕を持って走れる。

しばらく行くうちに冷えているのでちょっとトイレに…。前後のランナーがいない頃を見計らって茂みに入り、コースに戻ろうとしたとき、足をとられて転んであごと左ひざをおもいっきり地面に打ちつけた。

手に持っていたペットボトルは衝撃で割れてしまう勢いだった。大げさでなく、ここで今年のスパルタスロンは終わったと思ったくらい派手な転び方だった。


「あごが割れたかも?!」と、パニックになったところに向こうからやってきたフランス人カップルが駆けつけ、足を止めてしばらく一緒に歩きながら落ち着かせてくれた。恥ずかしいやら痛いやら…。何処を打ったか聞かれても、あごの英語が分からない。(笑)まさかこんなところをケガするなんて思っていなかった。


レース後のパーティで聞いた話だと、このカップルはお友達同士だったとか。2人は最後まで仲良く一緒に走って私の少し前にゴールしていた。100km近く走ってきて、きっと自分達もきっときつかったはず。

心遣いがとても嬉しかった。


ゼブゴラジオに到着。着替えを済ませ、痛み止めを多めに飲んだ。
足というよりもあごが心配だったからだ。幸い少し腫れたくらいで最後まで持ってくれた。多分最後は足やら何やらの痛みで何処が痛いかも分からなくなっていたんだと思う。

今年も日本から自分で用意してきたお粥やカロリーメイトなどの食べ物にはほとんど手をつけなかった。

やっぱり予測できない事態が起こる長ロングでは食べたいものなんてコロコロ変わって意味がないようだ。


しばらく行くとコースは徐々に登り始める。足場の悪い山道に入ると周りはすっかり暗くなっていた。

月は細い下弦の月でライトがないと真っ暗だった。
そのかわり、星がとてもきれい。
満点の星がここまで走ってきたご褒美だ。

昨年はここらでテンションがあがって山道を駆け登っていたはず…。うーん、こんな道あったっけ?(笑)

ずっと登り調子でうんざりしてきた。

おまけにここは女の子1人で走る場所じゃない。うわさでは地元のチンピラにさらわれた女性ランナーもいるらしい。

前を行く日本人の男性にお願いして一緒に進んでもらった。
北海道から参加の計良さん。
彼は初挑戦で楽々完走されていた。

次はまた違う世界の大会に挑戦したいと、完走パーティで余裕のコメントをされていた。

124kmのネメアにたどり着いたときはかなり疲れていた。

余裕は2時間弱。前半飛ばして後はのんびり走る作戦だったけれど、思っていたよりもコースが厳しい。

何となく胃がおかしい気がして、「少しでもエネルギーを」と、普段飲まない柑橘のジュースを口にした。

胃酸が急に上がってきた。こんなこと初めてで戸惑ってしまう。オーバーペースがいつの間にか内臓に負担をかけていたのだろう。胃腸は強いから安心と、胃薬は全く用意していなかった。

この後は緩やかなアップダウンでも胃にこたえ、道端で嘔吐を繰り返す…、といった地獄絵図になってしまった。

【リルケアからサンガス頂上(161.8km)まで】



夜中の1時53分に148kmのリルケアに到着。

エイドにはボランティアやサポート隊の他、選手の応援をしながらエイドをまわっている方もいる。

東京の杉浦さんの奥さんから食べられそうな物を用意していただいたが、ほとんど受付けないほど内臓が弱ってしまっていた。

食堂のトイレを借りて少し休んで元気なく出発した。それでも貯金は昨年より30分速く、1時間半あった。


サンガスまではひたすら登り。坂道が得意な私だけれど気持ちが悪くてひたすら歩いた。


つづらの山道は登っても登っても頂上につかない。うんざりした頃サンガス麓のCPに到着。

毛布に包って座り込んでいると、大阪の山本さんが追いついてきた。リベンジに燃える彼はまだかなり元気そう。

元気なランナーを見るとヘトヘトの自分と比べて余計に不安が募る。

下から見上げたサンガスは、登っていくランナーのライトと案内板の蛍光ライトがゆらゆら揺れている。朦朧として弱音を吐く私をサポートの前村さんが「ここまでくれば大丈夫!這ってでもゴールして!」と励ましてくれる。

心細い山の中で知った顔に会えるということは、本当にありがたいことだ。

山越えは足場に気をつけながら慎重に。

途中の断崖絶壁にはビニールテープが張ってあるだけで、滑ったら終わりだ。

山の頂上について再び毛布に包ってようやくチョコレートとコーヒーを口にできた。途中のエイドでいただいた胃薬が効いてきたようだった。


サンガスの下りは富士山とそっくりで、足場が悪くてなかなか飛ばせない。

ゆっくり身体に響かないように小走りで下っていく。
今年のサンガスはレースに備えて整備されていたとか。どおりで去年より下りやすかったはずだ。

【サンガス頂上からネスタニ(172km)を超えて、テゲア(195km)まで】


この辺りからはとにかくCPを一つ一つ超えていくことに専念した。

昨年この時間帯は、勢い余って暴走してしまうくらい元気だったが…。

正直言うと、昨年は124kmネメアを前に完走確実を確信し、エイドも手厚くスタッフも充実したスパルタスロンがどうして完走率が低いのか、ずっと不思議に思っていた。

私は今まで関門を気にして走ったことがないため、時間がない恐怖でこんなにも精神的に追い込まれるとは思っていなかった。

一歩間違えると、スパルタスロンは決して余裕がない関門との戦いだ。
体調1つでコースのイメージは全く違う。


ペースコントロールができずに撃沈するのは、私の悪いクセ。今思い出そうとしてもネスタニ(172km)からテゲア(195km)辺りまで記憶がすっかり飛んでしまっている。

とにかく1歩でも先へとあせっていたからだろう。


迷いそうに真っ暗なグルグルした下り坂や真夜中なのににぎやかなエイド、明け方の延々と続くブドウ畑。とにかく必死で少しでも余裕が持てるよう先を急いだ。


CPを移動しながら応援しているスタッフのおじさま=Billが次のCPに到着するたびに抱きしめてくれるのが、苦しい道のりの中でも次へ進むパワーになっていた。

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第15回奥武蔵ウルトラマラソン/距離を踏む!!
2008 / 08 / 11 ( Mon )


第15回奥武蔵ウルトラマラソン

真夏恒例の“奥武蔵の地に立ちました。
今回大きな変更があり、これが不評でした。
それは、スタート時間。
これまでは、6時スタートが7時30分となり少し遅くなった訳です。
しかし、これでは困ることが多いのです。

そのひとつが、涼しい早朝にstartすればfinishする時刻も早まる。
日中の暑さのピークの最中に選手は、悪戦苦闘しなければなりません。

また、遅いランナーは暗い中を走らなければなりません。

さらに、会場でゆっくりとできません。日が暮れていくし帰宅の電車を気にしなければなりませんから・・。

19時過ぎると、会場は真っ暗となり選手も応援する人たちも、また大会関係者も
一日長くなったようです。

やはり、涼しい早朝にスタートすることを、再検討するべきではないでしょうか?

さて、今年で6回目の参加となる“奥武蔵ウルトラマラソン”。
昨年のタイムが“6時間20分程度”でしたが、今回はスパルタスロンに向けての走りこみが目的です。
つまり、距離を踏むことにあります。

作戦としては、往路は上りを歩き、下りやフラット?を走る。
復路は全力で臨む・・・スパルタスロンでの走り方を工夫しました。

タイム的には、あまり気にすることなく納得できる復路を期待します。

結果として、7時間30分台でFinishできました。
思ったよりも上りが楽に感じ、これまでの鍛錬の成果を実感する。

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第3回さのマラソン/zephiyamaさん
2007 / 12 / 18 ( Tue )



アロハさん達がホノマラで、楽しく苦しく(?)リゾートマラソンを味わっている時

僕達留守番組は、ホノルルに行けない人達のための救済マラソン(?)の

【第3回さのマラソン】を走っていましたよ。。

悔しいから、絶対にホノマラの連中には負けないぞぉ〜〜!!(笑)って気持ちで走ったからかどうか??

結構条件の悪い中、自己ベストが出せて、おまけに50歳〜59歳の部(252人)で優勝まで出来ちゃいました!!(嬉)

タイムは2時間52分32秒でした。。。

レースはこんな感じ・・・

コースは前半15キロで100メートルちょい登って折り返し・・・・

そこから25キロ付近まで下って、あとは緩やかなアップダウンのコース設定。

レース中盤になって日光連山からの吹き降ろしの風がとにかく凄かった!!

前のランナーを風除けに使う手もあったけど、ペースが弱冠遅くて

これでは目標のサブスリーが出来ないと思い、積極的に前に出ました。

強い風にめげる場面もあったけど、そういう時こそ自分の力を試す時だと考えて

とにかくペースダウンを極力抑えるように頑張りました。

アップダウンのあるコースだったのでラップにばらつきがあるけど

すべての5キロラップで22分を切れたのは大きな収穫だった。

風邪による喉痛に苦しんだけど、当日熱が出なかったのはほんと助かった。。

5-19:56 10-20:32     15-20:26     20-18:23 Haif-1:23:33 

25-19:19 30-20:36 35-21:43 40--21:52    
G-2:52:32

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足利尊氏公マラソン /ファンタジスタさん
2007 / 11 / 06 ( Tue )




記録 大会名
足利尊氏公マラソン
開催年月日
2007/11/04
レース種別
ハーフ
記録
1時間49分35秒

コメント

先月の肉離れから復活してレースに出場したが、仕事で1週間休んでしまい、殆んど練習できずに望んだので、ゆっくり走ろうと後ろの方からスタートしたが、この大会は仮装大賞を決める催しもあり、前方に仮装した人が走っていたので、ついついペースアップ。気が付けばハアハアいいながら走っていた。
帰宅ランのことはすっかり忘れてしまい、行けるところまで行っちゃえーと頑張ってしまいました。


やはり練習不足はやむを得ず、14km位の渡良瀬川の土手に上る坂を登りきった所で、太ももの裏が攣りそうになりペースダウン、小柄な女性ランナーに抜かれ、付いて行こうとしましたが付いていけず、ズルズルと後退。その後両毛線のガード下をくぐりぬけ、足利市街地に戻って来て残り3km、前方に先程抜いていった小柄な女性が見えたので、必死に追っていったところ、残り1kmで追いつき、時計を見ると1時間44分50秒、ランナーの性かここで50分を切るぞとばかり、腕振りでペースアップ、競技場のトラックに戻り残り400m最後のスパートでフィニッシュ。
フィニッシュ後、足がよろめいてしまいました。
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6/23-24 Western Sates 100 Mile Endurance Run /ねこび
2007 / 10 / 18 ( Thu )


WS100走って来ました。(>_<)
残念ながら目標の24時間は達成できませんでした。応援してくださった皆さん、応援に応えられなくてすいません。
でも、ありがとうございました。 m(_ _)m

やっぱり、しみじみ感じたのは100マイル (160K) は長いですねえー。(>_<)
何か28時間という時間は2回目のレースで、コースを覚えていたので、短かく感じたのですが、距離は長く感じました。






6月22日(金)
今年のクルーは以下のメンバーでした。

ジャーマネ:Conchkun
クルーキャプテン:しげさん
ぺーサー:Chihiping
クルー:ぼぶち、Mackieさん、こっぺさん、ぼんず

朝、7時半に自宅をConchkun、Chihpingと出発。しげさん、こっぺさん、ぼんずは夜にSquaw Valleyのロッジに合流することになっていた。ぼぶちとMackieさんは土曜日の朝9時半にゴールのあるPlacer High Schoolで合流予定だった。

11時10分すぎにTruckeeに到着し、Safewayでオレンジジュース、野菜、フルーツ、氷などを購入。ついでに昼食のサンドイッチも購入。Squaw Valleyには、11時50分ごろ到着。Dropバッグ5つを所定の場所において、ランナーズミーティングにある広場に椅子をおいて場所を確保。
ランナーのCheck-in場所があるOlympic Houseに行くと、知り合いのランナーが何人かいたので、挨拶。その中にDavid Kingがいた。Davidは弟のKevinがWS100を走るので、ぺーサーとして参加予定だった。さらに石川さんが日本人らしき人たち(あとでわかったのだが、雑誌ランナーズの皆さんでした。)と喋っていたんですが、その後、石川さんとちょっと喋って、夕食を一緒にすることになった。メディカルチェックをうけて(体重は去年より3Lbs軽い、123Lbs、ダイエットの効果?)、12時半からのランナーズミーティングに参加。

その後、ホテルにチェックイン。部屋の場所がわかりにくいので、石川さんに知らせるため、Olympic Houseに戻るが、石川さんを見つけられず、部屋に戻ると、もうすでに石川さんは部屋に来ていた(そこのロッジはセキュリティが厳しくて、カードがなきゃ、ビルディングにもはいれないのに、どうやって入ったの?)
6時半ごろから夕食。メニューは、冷やしうどん、鰻丼、かぼちゃとアスパラ炒め、トマト&アボカド&かいわれのサラダ、もずく。

8時頃、石川さんをMontrailのメンバーが借り上げて宿泊しているロッジ(Alpine Meadow)に車で送る。
しげさんたちは、午後にベイエリアを出発したので、渋滞にはまって、到着は9時頃になってしまった。7時間もかかった。ご苦労様でした。m(_ _)m
翌朝のレースの準備をして、10時半ごろにベッドに入る(本当はもうすこし早く寝るべきだった)。

6月23日(土) - 24日(日)
Chihpingは、今回は僕のぺーサーだけではなく、Safety Patrolとして、スタートから、Robinson Flatまでの29.7マイルを走ることになっていたので、3時に起床して、4時にロッジを出て行った。つまり彼は、Pacerとして38.2マイル走るので、合計70マイル走る計算になる。
僕は、3時40分に起床して、おにぎりを2個食べる。Olympic HouseにBibナンバーを受け取りにいって、一旦ロッジに戻ってきて、4時40分ごろクルーのみんなと部屋を出る。

5時にスタート。今年は去年に比べて、はるかに涼しい。ただ、スタートしても、前日あまり眠れなかっので、なんだかとても眠かった、まだ体が完全に起きてないような感じがした。急な登りを眠気と戦いながら、進んで行った。だいたいちょうど真ん中の集団(24時間以内を目指すなら、もっと前の集団に入ってスタートすべきだった)にいた。

しかし、スタートしてすぐから、やっぱり右の股関節に痛みを感じだした。あと、99マイル保つのか不安になったが、もうスタートしてしまったので、後戻りはできない。なんとか気をとりなおし、写真をとりながら1時間弱で山頂に到着。

山頂には、Safety PatrolをしているRajeevとAnilがいた。彼らもスタートからRobinson Flatまでのパトロールで、後半の集団を担当なので、その集団が到着するまで待っていなければならない。Chihpingは先頭集団担当なので、20名ぐらいのランナーをパスさせた後に頂上からスタートしたらしい(もちろん、その先頭集団には石川さんもいた)。今年は山頂から下りにかけて、全くコース上に雪がないので、とても走りやすい。しかし、あちこちに雪解け水がコース上に小川となって流れいるので、シューズのなかまで水がはいってきた。やはり、Robinson Flatでシューズを変えた方がよさそうだ。そこからDuncan Canyonまでは、全体的に下りだが、小きざみなアップダウンを繰り返す。Red Star Ridge(16Mile)のエイドステーションからDuncan Canyonまでは、谷底に下っていくので、何マイルも急な下りが続く。

Duncan Canyon(23.8Mile)には、10時17分に到着。自分が設定した24時間ペースとほぼ同じだ。しかし、ここからは次のRobinson Flatまでは6マイルの登り。登っても登っても着かない。脚も結構疲れてきたし、日差しもきつくなってきた。そしてやっと、12時ちょうどくらいにRobinson Flat (29.7Mile) に到着。もうすでにエネルギーなし。(^_^;) 

ここで、クルーのみんなと会える。ぼぶっちもMackieさんも合流して来てくれていた。体重を計ると、120lbs。スタートより3lbs減。椅子に座って、シューズとソックスを替える。この時点で20分くらい24時間ペースに遅れる。もっと登りのトレーニングが必要と実感。実はこの登りでもう、なんか意識がもうろうとして、ふらふらしていて、みんなと会話するのだが、自分で何を言っているかよくわからないぐらい疲れてしまった。Davidが弟のKevinのサポートでいたが、すでにKevinは到着して出発したらしい。えー、早いなあ。

気を取り直して再スタートするが、まだ登りのダメージが残っている。スタートしてすぐにSafety Patrolと出会い、一緒に走る。しかしここで問題発生。何と、Safety Patrolが道を間違えたらしい。なんかリボンがないのでおかしいと思ったが、何も考えずに付いていった自分も悪い。しかし、すぐに気がついたので、10分ぐらいのロスで助かった。ここからは基本的に下り基調の道が続き、Last Chance (43.3Mile) のエイドステーションに3時36分に到着。ここまであのレジェンドGordy (Bibナンバー 0: 100Mileの馬のレースだったのを、馬が走れなくなったので、彼が馬を降りて自分で走ってゴールした。それがこのWestern Stateのレース起源)と一緒に走ってきた。この時点で24時間ペースに1時間遅れ。もうほとんど24時間以内完走は無理そうだと感じた。ここでもMedical checkがあり、体重を計ると、129lbs。 えー、さっきから9lbsも増えてるの? 体重計が壊れているに違いないと思った。まあ、減りすぎてドクターストップになるよりもいいか。

Last Chanceを過ぎるとこのレースの最大の山場、2つのキャニオンが待ち受けている。去年、戦意喪失しかけた場所だ。しかし、去年に比べれば気温が低く、風が涼しいのが全然違う。去年は風が暑かった。一つめのDeadwood Canyonに下る。Gordyは下りが強い。一気に降りていった。谷底にたどりついて、今度は登り。Gordyは登りが弱いみたいで、登りで彼をパスする。そして何とかDevils’s Thumb (47.8Mile) に到着。

ここでやっとコースの半分。時計はちょうど5時。スタートから12時間だ。ここでは、24時間ペースから1時間半ぐらいの遅れ。元気なら夜にリカバリーできない時間ではないが、すでに元気じゃない。(^_^;)  Devil’s Thumbでも体重計に乗ると、129lbsだった。やはりLast Chanceの体重計は壊れてなかったのか。このエイドステーションにはアイスキャンディーがあるので助かる。去年は3本食べたが、ことしは1本だけにしておく。そして、また次の谷底に向かう、やはりGordyにまた抜かされる。彼はエイドステーションでは1分も休まない。すごすぎる。 谷底のEl Dorado Creek (52.9Mile) のエイドステーションに6時30分に到着。

そこからまた3マイル登れば、クルーが待っているMichigan Bluffだ。登りでまたGordyを抜かす。ここから他の二人のランナーと一緒に歩く。3人とも疲れ果てて、一言も喋らない。沈黙が1時間以上続く。僕は、Michigan Bluffに付いたら鬼コーチになんとあやまればいいのか考えていた。この段階では、どう考えても、24時間以内の完走は無理だったからだ。そしてやっとのことで、Michigan Bluff (55.7Mile) に7時30分に到着。

皆に24時間以内完走はだめだと謝る。m(_ _)m ここで、シャツを着替えて、Conchkunが用意してくれたカップヌードルを食べる。ドロップバックに用意していた、ヘッドランプを受け取り、再スタート。ここからは次のForesthill Schoolまでは、登り。途中暗くなってきたので、ヘッドランプをつけて、走りと歩きを繰り返して、9時20分ぐらいに、Foresthill School (62Mile) に到着。

ここからは、Chihpingがぺーサーとして、ゴールまで一緒に走ってくれる。
Foresthill SchollからRucky Chuckyのリバークロッシングまでは、全体的に下りだが、小きざみな上り下りを繰り返す。また、トレイルの道が狭くて、左が崖で非常に危険な場所が多い。夜中の2時半にRucky Chucky (78Mile) 到着。

ここでの体重は変わらず129lbs. 去年は水が多すぎて、ボートで川を渡ったが、今年はロープが張られていて、そのロープをつたって渡る。やはり川の水は冷たい。深いところでは、おへその上ぐらいまできた。5分ほどで川を渡りきる。渡りきった後に、ドロップバックに用意していたシューズとソックスに履き替える。川の水が冷たかったので、かなり脚と体を冷えて寒くなってきた。とくに、脚の筋肉が完全に固まった感じで動きがにぶい。このエイドステーションでDavid,KevinのKing兄弟に追いつく。ここでシューズの履き替えなどで結局20分くらい費やす。走り出すと、シューズに違和感を覚える、これまで使ってきた2足のシューズとは違うメーカーの靴だったので、底が堅くて走りにくく感じた。さらに、脚の筋肉が硬直して、動きが悪い。

ただ、次のGreen Gateまでは1.7マイルの急激な登りなので、歩いて登る。Green Gate (79.8Mile) に3時半ごろ到着。ここから次のエイドステーションであるAubun Lake Trails (85.2Mile) まで5.4マイルで、5時20分に到着したが、ものすごく長く感じた。それにものすごく眠くなった。次のBrown’s Bar (89.9Mile) に6時45分到着。

ここからHighway 49まで一気に下って、さらに一気に登るのだが、太ももがパンパンにはって、下りの方がつらい。登りになるとほっとする。ついにクルーがいるHighway 49 (93.5Mile) に7時50分到着。

ここは朝からものすごく寒かった。クルーのみんな待っていてくれてありがとう。やはりシューズがしっくりこないので、しげさんにRobinson Flatで履き替えたシューズで持ってきてもらっていたので、それに履き替えた。

あと6マイル。もう、完全に気合で走れる距離なので、Chihpingにこれからペースを上げると伝える。多分、ここで20人ぐらいのランナーは抜かしただろうか、次のNo Hands Bridges (96.8Mile)に到着。ここには、2500Miles 25Daysを昨年達成したTim Twiestmeyerがいて、ランナーを出迎えていた。そこから最後の山を登りると、トレイルから舗装路になる住宅地だ。住宅地では多くの住民が椅子にすわって、よくやったと声をかけてくれる。住宅地の舗装路をのぼって、最後左にまがると、Placer High Schoolのトラックが見えてきた。入り口にしげさんがいて、一緒にゴールしようと言って、最後300メールトラックを走って、Chihping, しげさんと3人でゴール。28時間43分35秒。去年よりはよかったが、やはり24時間を切れなかったのは悔しい。何か来年への宿題を残した感じだ。

今年もクルーのみんなに助けられました。ありがとう。やはり、故障を持っての100マイルはものすごく長い。レース前にランナーの大先輩のEricに50Kや50Mなら、故障があっても走りきれるかもしれないが、100Mはちょっと厳しいと言われていた。たしかに、アドビルをレース中ずっと飲み続けて痛みをこらえて走ったが、途中から右膝のお皿の左側も痛くなってきた。

石川さんは見事総合9位入賞。最初はおさえて、後半スピードアップしたらしいです。レース前は20時間を切れればいいと言ってましたが、18時間14分17秒で完走。
今年はGrand Slam of Ultraraningに挑戦するので、このあと、Vermont 100 Mile(7/20-22) , Leadville Trail 100 Mile(8/18-19) そして、Wasatch Front 100 Mile(9/8-9)の三つの100マイルレースを走るそうです。がんばってもらいたいですね。

僕が走っている間、mixiに途中経過を書き込んで応援してくれたみんなありがとう。迷走倶楽部のランナーが僕のために何人も完走祈願RUNをしれました。夜中の2時にいきなりハーフドームに完走祈願RUNにでかけて熊に襲われかけた人もいるみたいですが。(^_^)
東海岸でも、応援RUNをしてくれました。<(_ _)>

今後の予定ですが、故障を治すためにしばらく休養します。というか、僕は走りたいのですが、熊に襲われかけた人による強制休養です。さらに両足の親指の爪がまたほとんど取れそうなので、それが再生するまでは気長に待ちます。(/_;)


#普段体脂肪率は13%ぐらいなんですが、レース後計ったら8%に落ちてました。レース後、数日経つのですが、今だに8%です。体脂肪が気になる方、ダイエットが長続きしない方、たった2日間で一気に落とすことができるので、山の中を100マイル走ることをお奨めします。(^_-)-☆

#WS100のレースの記事が雑誌ランナーズの9月号(8月22日発売)に、掲載されるそうです。
Badwater Ultramarathon 2007
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第25回新潟マラソン完走記/zephiyama
2007 / 10 / 08 ( Mon )




10月7日(日)は新潟県新潟市

で開催された

【第25回新潟マラソン】という大会

のフルマラソンの部に

参加してきました。


この大会は、新潟市陸上競技場を発着点とする折り返しコースなのですが
コースの大半は日本海に面する国道402号線を走るので
とても景色が良い反面、海からの風に悩まされることも多い大会と言われていま
す。

案の定、去年の大会では、台風の影響からくるものすごい暴風雨に悩まされ・・

今年はどうかなぁ〜〜と思っていたら・・・今年はピーカンの暑さに悩まされま
した↓↓






深夜の車移動で、ほとんど眠れないままの参加になってしまったのと
先週来の風邪気味の体調、、そして暑さ。。
アップ中には軽いメマイを起こしてしまい、ちょっとヤバイなぁ、、と不安でし
た・・(泣)。。
それでもスタート前には何人もの知り合いと会い、自分も何とかモチベーション
を高めて走り出しました。

走り出してみると、まぁいつもの感じで走れてるし、それほど暑さも気にならな
かったので
たんたんとレースを進めていきました。。
最初のうち、結構タイムも出ていたので、「よし!行けるところまで行ってみよ
う!」と






頑張って走って、ハーフの折り返しを迎え・・・折り返してくる選手のゼッケン
を確認すると、、、
なんと、僕の前には、50歳代の選手が2人しかいないじゃないですかっ!!
こりゃやるっきゃないっ!!と俄然、闘志に火がついて・・・
そこから夢中で前の選手を抜きにかかりました!!

30キロ手前で50歳代の2人をかわし、あとはタイムをどこまで出せるか・・
・と
粘っていた矢先、、暑さからの影響からか??ハムストリングがぴくぴくと・・
・(汗)。






めったに足の痙攣などしたことがないのでちょっと焦りましたが
ここは、せっかくフルマラソン年代別で初めての1位を取れるチャンスが巡って
きたのではないかと思い
無理せず、、とにかくここは順位を守ることに徹することにしました。。
水を被ったり、塩を舐めたり、走りをセーブしたりして、(当然、後ろをチラチ
ラと何度も確認しながら(笑))
つ、つ、ついに1位をキープしたまま、ゴールゲートをくぐることが出来ました
!!

とにかく、、年代別とはいえ、フルマラソンで優勝したのは初めてだし
多分これからも2度とないでしょうから!?もう嬉しくて嬉しくて・・。。

表彰式では、シドニーオリンピックマラソン代表の市橋有利さんから賞状をもら

そしてツーショットも撮ってもらい、自分にとって最高の1日に舞い上がりまく
りでした・・(恥)。。

余りの嬉しさに、寝る間も惜しんで早速報告メールをしちゃったというわけです
・・(爆)。。




調子こいて写真も3枚も乗っけちゃいました・・(謝)。。






ラップ、スプリットは以下の通りです。。
1----3:58
5----20:09
10---40:54 (20:44)
15---1:01:32 (20:38)
20---1:22:02 (20:30)
25---1:42:32 (20:29)
30---2:04:00 (21:27)
35---2:25:28 (21:28)
40---2:47:44 (22:16)
Goal--2:57:37

去年より1分ちょいタイムを短縮してフィニッシュすることが出来ました!!(
礼)。。   桧山より

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