spartathlon2008
2009 / 06 / 18 ( Thu )


昨年スパルタスロンの記憶が蘇る!!


今年もチーム一丸で、完走を目指そう!!
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bridge over troubled water
2009 / 01 / 12 ( Mon )



2008年を振り返えれば、スパルタスロンを涙の完走を果たすことができた。

これほどまでに”完走のみ”にこだわった大会は、今まで経験がない。

それだけ、スパルタスロンに強い想い入れある大会はなかったのではないだろうか?

今日、チームをサポートしていただいたコスメル前村さんが撮影したビデオを改めて観ることに。

そこに映し出された映像は、決してひとりでは完走できなかったと確信するほど、いろいろな力を得ていたのがわかる。

何気ない言葉に何度勇気づけられたことか!!

レースが終わり、そのリアルな映像に自分の知らない言葉や表情などがあからさまに映し出されている。

辛いことを、自分だけの経験だと思っていたが、そうではない。

じっと待つサポートの彼らは、まさに英雄の言葉が似合う。

僕たちは必死に走っていたが、それは自分のために他ならない。

しかし、サポートする君達はただ待つだけ。

長い長い待ち時間を過ごしながら、わずかに遭遇する僕たちに優しいことばをかけてくれる。

今思えば何と心深くしみる言葉ではないだろうか?

恥ずかしいほど素っ気無い言葉に驚き、もう少し優しい言葉を伝えたかった。

身体はしんどくて、自分のことでせい一杯。

余裕などない自分達に、改めて感じてしまう。

あの感動は二度と得ることができないかもしれない。

でも、再びまたギリシャに地に立ち、夢をみてみたいと思う。

スパルタスロンをサポートするコスメル前村さんに、改めて感謝する。
彼は、米国デトロイトに駐在するサラリーマン。


無理にお願いして、わざわざギリシャまでサポートするために、貴重な時間とお金をかけて駆けつけてくれた。それは、泣けるほど嬉しい。

しかし、金銭では得られない”一体感”を得ることに、心底うれしい。

2009年正月が過ぎて、今を生きる僕たち。

僕達チーム全員が、”完走”の二文字に緊張感に満ちていた。

自分だけでなく、応援してくれる皆さんのためにも完走しなければならない強い重圧を感じていた。

スパルタスロンは、夜間が勝負だと確信していが、まさか道に迷いロスタイムを得ようとはまったく想定外のこと。

それでも最後まで待っていてくれた彼らに、感謝の言葉だけでは足りないかもしれない。

どんなにつらい時でも、そばにいてくれる人々を大切にしなければならない。

再び感動を得ることができた、一日でした。


ありがとう!!コスメル前村さん!

そして、同じ強い気持ちを抱くTEAM THE HORIZONのメンバーの皆さんに
深く感謝を申し上げます。
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新聞一面に、チームが紹介されました!!
2008 / 11 / 21 ( Fri )




茨城県地域情報紙

「常陽リビング」新聞一面に、

チームが紹介されました!!



米国在住のエンターメント豊かなコスメル前村さん

が、デトロイトマラソンにおいて見事DETORITO FREE PRESS紙一面を飾ったことは記憶に新しい。

ここで朗報有り!!

コスメル前村氏に続いて、ZEPHIYAMAさんが堂々と地元新聞に掲載されました。

見事今年スパルタスロン(アテネ〜スパルタ246キロ)を完走した偉業に言及した記事である。

さらに、走ることに生きがいを発見するまでの彼の人生にも触れている。
僕にとっても、彼自身を知ることも多くて感慨深い。








限界に挑戦して見えた自分


ギリシャで開催された


ウルトラマラソン・スパルタスロン

を完走した桧山和成さん



つくば市の桧山和成さん(54)は、50歳を機に盲人マラソンの伴走に挑戦し、フルマラソン(42・195キロ)で3時間を切った。

それまでのハードロック一筋の生活は少しずつマラソンに傾き始め、今では家族や仲間の支えが何物にも変えがたいと実感する。

その声援をバネに9月27日にはギリシャのアテネ―スパルタ間246キロマラソンにも挑戦し、世界一過酷といわれるウルトラマラソン・スパルタスロンを走破した。


大会に向けてランニング練習をする桧山さん

高校時代にロックに目覚め、法政大学入学後は本格的にバンド活動をスタート。

音楽で生計を立てたいと海外まで足を運び、ライブを見ては感性を磨いた。

卒業後は筑西市で両親が営むホテル業を手伝いながらその夢を温め、27歳で念願のハードロックの店をオープン。

「音楽活動をしている学生たちに場所を提供し、音楽の道に進む基盤をつくりたい」と考えていた。


毎日の酒と夜中までの営業、そしてロック関係のビデオやレーザーディスク購入に収入のすべてを費やしていたが、40歳になって間もなく「そろそろ自分の体に投資したら」と友人に言われた一言でマラソンを意識し始めた。

翌日から毎日1時間スポーツジムで汗を流し、ジョギングも始めた。しかし3キロも走るとひざが痛みだし、自分の体力の衰えと日ごろの不摂生を痛感。

そのためなるべく8時間の睡眠を心掛けるなど生活習慣を一から見直し、3年後の1998年4月、かすみがうらマラソン大会に初参加。

自信はあったが結果は惨敗。


悔しさからもう一度だけチャレンジしようと半年後、つくばマラソンにエントリー。

しかし、それも予想外の遅いタイムに終わりがく然とした。


「それならば―」と毎日の練習に加え、晴れの日を選んでは筑波山まで走るなど自分を追い込んでいくと、体の限界や求めているものが何となく分かってきた。


マラソンに関する知識を本やホームページから習得し、地元のマラソンチームを通して全国に仲間も増えた。

やがて100キロマラソンへのチャレンジ心がむくむくとわき、家族も協力。「車で行って車中で寝泊りし、父親を見て子どもたちも走ることに興味を持ち一緒に走りました。


私は自転車に乗って伴走しただけですが」と妻の幸子さん(53)。

スパルタスロン完走を祝して関係者から渡された完走証と月桂樹(順位71位)
その経験が功を奏し、その後のフルマラソンでついに3時間の壁を破った。

練習も強化し、1キロを全力で走るインターバル走や一番きついペースで10〜20キロを連続して走る練習も積み、今年5月には、山口県で開かれた250キロマラソン萩往還にエントリーした。


初めての長距離―。振り返れば、12年間で200以上の大会で完走したものの納得のいく結果は出せていなかった。

年齢はすでに50代。体力にも限界を感じ始めていたが、あえて250キロに挑戦。

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スパルタスロン2008/夢と現実の狭間で・・・ フィナーレ
2008 / 11 / 09 ( Sun )







最後の峠に佇み、昨年の

リタイアの悔しさからようやく開放されたように
感じていた。


間もなく終わってしまう一抹の寂しさが、なぜか僕の頭を占めていた。

早くこのレースを終わらせたと強く念じていたことが、心から恥ずかしい。

とても長い下り坂を抜ければ、そこはスパルタである。
丘の上に佇む石造りの教会の鐘が鳴り響き、まるでランナーを迎える歓喜の調べの如く耳に心地よい。

スパルタは、ギリシャ独特の乾燥した石灰質の山々に囲まれ、山底に落ちたような街である。
それはまるで大きな壺である。すべてのランナーの歓喜と汗を詰める壺である。

そして今尚、この壺の受口にランナーが次々と注がれている。

レオニダス像も近くなる。
スパルタ市街の中心を抜けると、交通量も増えてくる。
道路脇に駐車された車列を、縫うように走る。
“ブラボー!”“ブラーボ!”とエールを送るスパルタの人達に、丁寧に帽子を脱いでお辞儀をする。

僕は、心から感謝を込めボデイアクッションで応える。







建物上層階にあるテラスに佇む若い娘が眺められる。
カフェの窓越しから、椅子に座る初老のふたりが手を振っている。
瞳を輝かせた子供達の笑顔が街中に満ちている。

そして、その言葉はひとつだけ…“ブラボー!”


往来する車からもクラクションが鳴らされる。この言葉もひとつだろう…“ブラボー”

それは恰も協奏曲となり、スパルタ市街の隅々まで埋め尽す。
疲れているが、心は軽い。

街角を右折すると、見覚えの通りに出る。

遠方には、小さくレオニダス像が見える。

僕は程なく、Finishを迎えようとしている。そして、僕はこの瞬間に

昨年の置き忘れた物達を思い出していた。




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スパルタスロン2008/夢と現実の狭間で・・・峠を越えればスパルタに
2008 / 11 / 03 ( Mon )



TEGEA(CP60:195キロ)

10時28分に出発する。


次ぎのcentral stationはMNHMEIO (CP68:222.5キロ)である。

区間距離は、約27.5キロ。ここを15時11分で通過する。
ここまで、何と…4時時間40分程の時間を要したことになる。

制限時間が15時30分。

関門通過に残された時間は、約19分程度。これは、余りにも危険だ!!

僕は、いわゆる“ガス欠状態”に落ちている。

各エイドに置かれたFOOD&DRINKが、どうしても口に合わない。
カロリーの少ない果物やヨーグルトなどに、積極的に手を出すが焼け石に水。

固いパンや御粥など無理に口にするが、期待されるエネルギーが摂取できない。

これには理由がる…Sangas Mountain手前で起きたコースアウトからの生還を果たすべく、ANCIENT NEMEAを少し過ぎたCP37からCP43:RYRKIAまでの約40キロをペースを無視したRUNに原因が求められる。

日中の強い陽射しが触媒作用のように、身体の中で疲労物質を活性化させる。
内臓も筋肉も疲労物質である乳酸が、トロトロと音をたてて溢れているうに纏わりつく。

このステージが、一番辛い…それが正直な気持ち。

天空まで登り詰めるような激坂ではないが、辿り着けない峠が現われない。
ようやく、峠に達すれば一瞬の歓喜に満たされた瞬間に、延々と坂が続く。
僕は、作戦通にUphillはWalk(徒歩)に徹底する。

油汗は気になるが、すでにメンタル的に境地に追いこまれる。

それもジワジワとした切迫感がバクテリアのように、汗線などのHole(穴)から侵入して
あらゆる臓器の働きを未秩序と制御不能にと嵌めこまれる。

そして、僕の頭…つまり、
僕の脳はこの微細な生き物の暴弱無人な活動に混乱させる。

上から下まで全身に網羅された末梢神経群が、信号を運ぶ搬送物質が
容赦無く渋滞を余儀なくされる。
酸欠状態に落ちた精神系は、酸素を求めてもがき苦しむ。


道路脇に散在するゴミの山。
雑誌や袋、食べ残しのパスタ、ビール缶など容赦無く捨てられている。

僕は、ますます気が滅入いる。
そして疲れさせる。見たくない嫌な情景が続く。
そして、車に引かれた動物達の死骸が、無造作に転がっている。
僕の内も外も、癒されることはない。


Up&Down Hillが執拗に繰返し、僕に攻め押寄せる。
それは、肉体的強さ(human stamina)
だけでなく、辛抱と我慢と云った“精神的強さ
(mental strength)が問われる瞬間である。

コース上の難関と言われるサンガス山越え…正直に言えばとても簡単である。

噂ほどの山ではない。
苦行を期待していた僕には、あまりにも拍子抜け。

しかし、予期していないこのステージは難関。

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スパルタスロン2008/夢と現実の狭間で・・・ 傲慢さと謙虚さ
2008 / 10 / 24 ( Fri )



人間には、“傲慢(ごうまん)”的な

瞬間がある。


傲慢(ごうまん)とは、高い自尊心を持ち他人より重要であり魅力的になりたいという欲望や賞賛を、それに値する者へ送ることの怠慢、過度の自己愛などを指す。




人間には“謙虚さ”的な

瞬間もある。


謙虚とは、自分の思いを伝えることを我慢することではなく、周りの人々への気配りや思いやりを踏まえながら、その時々に感じること、考えることを口にすること。

周囲の人々への配慮を忘れなければ、相手の話もますますよく聞くことができる。

今年のスパルタスロンは、昨年に比べて涼しい。

ご存知だと思いますが、2007年大会の完走率が3割程度。
2008年大会は何と5割台…その数字が大幅に増加した。

完走メダルが不足して、後日送られるらしい…と言った“ジョーク”もスパルタ界隈で話題となっている。

完走率が増加した原因は何か?
解答は、涼しくて走りやすかった。

これは、本当だろうか?正しい答えになっているのでしょうか?

今年のスパルタスロンを完走した僕達を、これで全てを理解したと思ってはいけないと助言をくれる人間がいる。

確かに完走率を見る限り、2007年大会は外気温度が35℃以上を超えて過酷である。

また、前述した通りに完走率も、かなり悪いものだった。

しかし、それは傲慢的な瞬間です。

スパルタスロンに限って言及すれば、僕は完走することに意義があると信じている。

暑さや寒さなどの如何なる条件下でも、Finishすること。

これほど素晴らしい達成感は,他には比べるすべを知らない。

例えば、2007年大会において上位を占めた男女有力選手が、2008年大会では不本意な結果で終わった選手も少なくない。


これは、何故か?

例えば、恵まれた条件の下であっても、必ずしも実力ある選手が上位を占めることはできないことを証明している。

これは傲慢的な解釈が、如何に無駄なことである。

それは気象条件とは関係が少なく、体調不良や故障など他の原因にあると思われる。

毎年開催される各々のスパルタスロンこそが、ベストであり全てである。

そして、Finisherになることが、最高の栄誉であり、例えようもない歓喜の瞬間を得ることができるのです。


完走することが、深い意義を持ち、その延長線上に時間(Time)を語ろう。

どんな条件下でも、距離246キロを36時間内で走り切るだけの肉体力と精神力を賛美しよう!!
そして、僕達は謙虚な態度で、アテネからスパルタまでの長くて楽しい物語を、
スパルタスロンを知らない人々に感動を持って語ることにしよう!

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スパルタスロン2008/夢と現実の狭間で・・・ TEGEA
2008 / 10 / 23 ( Thu )




Tegeaは、

牧歌的な平地に広がる

小さな村です。


日陰も無いほど大地は整地され、陽射しを遮る建物や樹木なども殆どない。

周囲は、岩石が露出した低い山々に囲まれ、車輛の往来が激しい幹線道路から数キロ程離れた大きなカプセルの中に閉じ込められたように静かな佇まいである。

テゲアは、アルゴスとスパルタの交通の要所を押さえ栄え、マンティネイア、そしてスパルタとの抗争を繰り返し、紀元前6世紀にスパルタが盟主たるペロポンネソス同盟に下ったポリスです。

例年に比べて今年は涼しく感じられが、それでもやはり暑い。
30℃以上の炎天下であれば、想像を絶するほど体力消耗だろう。

幾つかの小川を渡り、暑さを運ぶ微風が顔面を焼いていく。

レース後、ギリシャの強い紫外線で下唇がパクリと割れていた。

それも重症状で、渇ききった砂漠のように唇の皮膚が白色化して、今にもその破片が脱落しそうです。

唇の割れ目は深く、2ヵ所である。
割れ目からは溶岩のように赤色した血流の流れが垣間見られる。
唇を左右・上下に動かすと、傷口を広げる様に痛みが走る。

例えば、水をなどのドリンクを飲むときは水滴が染みて痛くて痛くて…これがなかなか辛い。

もちろん、予防対策は対応済です。
スタート前にUVカットのリップクリームを上下の唇に丁寧に塗りましたが、あまり効果が無い様です。それとも、多汗で流れ落ちたのかもしれません。

テゲアに至る道は、長閑な田園地帯を辿る道である。
徐々に陽射しが強くなり、今朝の白い息が出るほどの冷えこみが嘘のよう。

ここからチームメイトのヒロ児玉さんやファンタジスタさんと平走する機会が多くなります。

ここまで血尿に苦しむヒロ児玉さんに比べて、ファンタジスタさんはマイペースを維持し着実である。
その走りは、テンポよく一定の間隔にリズムを合わせ、力強いステップには感心させらる。

僕と言えば、相変わらず調子が良くない。
食欲も無く、とにかく身体が重い。

原因は、どうやらコースアウトしたことにあるらしい。
制限時間を取り戻すために必死の走りに、想定以外の体力を消耗している。
そしてこの暑さだ…かなり、閉口する。

そして心配していた胃の具合も減退気味。
エネルギー補給に努めるが、食欲が無い。

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スパルタスロン2008/夢と現実の狭間で・・・ NESTANI
2008 / 10 / 20 ( Mon )



記憶とは曖昧なもので、またその曖昧さが人間の本能かも知れない。

辛い思い出では風雪に耐える石のように、脆くも崩れ行く。

そして、微粒子までに削ぎ落とされて土に帰る。

楽しい思い出だけが、宝石のようにいつまでも輝きを止めない。

本人だけでなく、周りの人間さえ生きている限り、心の底で生き続ける。

僕のスパルタスロンも、曖昧な記憶の中で生き続ける。
意識に中に生まれた記憶が消去されるのは、最後の瞬間であろうか。

昨年のスパルタスロンでは、悔しい記憶だけが蓄積されて居たたまれない気持ちで帰国する。

突然に事故のように、あけなく終わってしまった。


そして、

2008年のスパルタスロンの

長い一日の始まる。


幹線から外れ、国道の下のトンネルを抜けて右折すれば、ほぼ直線的な舗装道路が続く。ほぼ平坦な道を進むとなると、かなり気分的に一番面白みの少ないステージである。

左手には岩場の露出が顕著な低山が連なり、右手には高速道路が同じように直線的に続き、
あるであろう田園風景を冷たく遮断する。

今まで感じた事のない閉塞感と圧迫感が、僕の頭の中を無秩序に展開される。

しばらく我慢の時間を過ごすと、コースは山裾に向けて左折する。
そしたらどうであろう…異様な大きな岩が現われる。

それは、映画のワンシーン“未知との遭遇”にあるような円錐形の怪奇な一枚岩で、山の頂に荘厳に鎮座している。

異様なその情景に、しばし見惚れてしまう。

僕には、まさに屏風のように映る。何か神聖な岩なのかも知れない。

見上げるようにそそりたつ岩肌が、圧倒的な存在感を人々の心に与える。



岩までは、標高450mというからそれほどの高さではないのだが、道のりは険しい。

日本であれば、恐らく締縄が掛けられる筈だ。

この屏風のような岩に見守られたネスタニは、落ち着いた静かな街である。

急坂を上って涸れたような小さな壁が次々に現われて、迷路の如くに道を塞ぐ。
わずかにつづら折りの坂を一気に下ると、目の前に大きな広場が現われる。


ギリシャ文字に刻まれた石柱の無数のお墓が、途絶えることなくネスタニの街外れに
歴史を刻んでいる。


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スパルタスロン報告会そして、新たな誓い
2008 / 10 / 19 ( Sun )




昨日は,TEAM THE HORIZON スパルタスロン報告会に参加しました。

最後の挨拶では、

完走した時のあの感動が蘇り、不覚にも感極まったスピーチとなってしまった。(泣)

Teammateやsupporterの皆さん!!

ほんとうにありがとうございます。

Finisherとして、スパルタのレオニダス像前に立てたのも応援があるからです。

そして、来年以降の新たな目標を心に誓った。



※2009年の目標とは




1.2009さくら道国際ネイチャーラン

 (選考レース)



http://shirotori.gujo.to/sakurainr/HP/sakurainr1.htm

コース:愛知県名古屋市〜岐阜県郡上市〜富山県〜金沢市

太平洋と日本海を桜のトンネルで結ぼうとした故・佐藤良二氏の遺志を受け継ぐ目的で、ボランティアにより立ち上がった大会。

愛知県名古屋市(名古屋城)〜石川県金沢市(兼六園)までの全長250kmの道のりを36時間以内で駆け抜けるウルトラマラソン。





2.The North Face Ultra-Trail Tour du

Mont-Blanc(出場資格取得済)


http://www.ultratrailmb.com/accueil.php

The North Face Ultra-Trail Tour du Mont-Blanc(UTMB)」というウルトラトレイル(山岳マラソン)で、ヨーロッパ最大のイベント。

フランス、イタリア、スイスの3カ国にまたがるトレイルコース「ツール・ド・モンブラン」163kmを走るトレイルランニングレース。
2008年で第6回を迎えた。

UTMB/163km高低差のべ8,900m。制限時間46時間

これは毎年8月の最終金曜日から日曜日の3日間に行われるイベントです。




3.スパルタスロン


http://www.spartathlon.gr/main.html

 毎年9月下旬に、過酷ともいえる超長距離マラソンがギリシャで開催されます。

その名は、スパルタスロン。

約250キロの距離を一昼夜かけて走り抜けるマラソンは1983年から毎年開かれるようになり、1986年からは日本人も参加し始めました。

その数は年を追うごとに増えています。

 沿道には応援する人々がたくさん。

いまではすっかり9月のギリシャの風物詩となりました。詳しくはギリシャ観光局のサイトをご覧ください。

 このスパルタスロンという名前を聞いて、アテネと並ぶ古代ギリシャの都市国家、スパルタを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

そう、このマラソンの起源は古代ギリシャが栄えていた紀元前5世紀。

歴史家のヘロドトスはその著書「歴史」の中で、「アケメネス朝ペルシャと戦ったペルシャ戦争の際、スパルタの伝令、フィディピデスが、援軍を求めるためにスパルタまで走り、往復約500キロの距離をわずか36時間で駆け抜けた」と記しました。


 長い間、フィディビデスの偉業は人々の間で語り継がれる伝説にとどまっていたのです。


 ヘロドトスの記述は単なる伝説なのか、それともフィディビデスの偉業は真実なのか。

 1982年、英国空軍中佐ジョン・フォーデンはある計画を思い立ちます。

フィディピデスの辿ったルートを忠実に走り、36時間以内にスパルタのレオニダス王の銅像前に到着できるのか否か、自らの肉体で挑戦するという計画です。


 ランナーとしても定評があったフォーデンは、見事にこの無謀ともいえる賭けに成功しました。

ヘロトドスの叙述には誤りはなく、伝令のフィディピデスが託された使命を果たしていたことを実証したのです。

 こうして、翌1983年から、フィディピデスのなしえた奇跡を自らも実践しようと世界中からウルトラランナーが集結し、スパルタスロンが始まりました。

紀元前5世紀から21世紀へ。約2500年の時を超えて甦ったスパルタスロン、なんと壮大なイベントなのでしょう!


 スパルタスロンの完走率はわずか30〜40%。

マラソン大会としては異例の低さです。

肉体を鍛え、強靱な精神力の持ち主でなければゴールに到着することはできませんが、沿道で超人的能力を持つランナーを応援するのは誰でもできます。

今年の開催日、9月26日、27日も、アテネからスパルタまでのルートはサポーターや観光客たちで大いに盛り上がることでしょう。


 あのギリシャの夏を堪能すれば、古代ギリシャで繰り広げられたフィディビデスの奇跡を感じることができるかもしれませんね!?

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スパルタスロン2008/夢と現実の狭間で・・・ LYRKIAから NESTANIまで
2008 / 10 / 18 ( Sat )



LYRKIAから


NESTANIまで…・23.5キロ。





スパルタスロン最大の難関であるサンガス山(標高1200M)を越えて、
一気に下ればNESTANIである。

ロスタイムを少しでも削減するには、必死で走るしかない。

もちろん、残存する体力を消耗させていく。



◇◆◇◆◇◆◇◆怒涛の履歴!◇◆◇◆◇◆◇◆




CP35(124キロ:制限時間23:00)


※ANCIENT NEMEA

 22:36通過→△24分
 

CP37(129.6キロ:制限時間00:00)


 00:50通過→▲50分


CP38(133キロ:制限時間00:30)


 01:25通過→▲45分


CP39(136キロ:制限時間01:10)


 01:46通過→▲31分


CP40(140.2キロ:制限時間01:50)


 02:20通過→▲30分


CP41(143.4キロ:制限時間02:15)


 02:30通過→▲15分


CP42(146.0キロ:制限時間02:40)


 02:40通過→0分


CP43(148.5キロ:制限時間03:00)


※LYRKEIA

 02:59通過→△1分


CP52(172キロ:制限時間07:30)


※NESTANI

 06:53通過→△37分



CP47(159.3キロ:制限時間05:10)The Sangas Mountain Basecamp
から下界を眺めると、高速道路の外灯が晧晧と照らされている。

まるでドラゴンが、サンガス山を巻きついているよに、大きなカーブが
幾重にもある。

頭上にあるサンガス山頂を、ヘッドランプのライトが紐のように結ばれている。
ゆらゆらと揺れながら、選手の列が一筋に上を目指している。

天空には、満天の星屑が輝く。

それは天国を登る階段のように、選手の靴音が静寂を破る。

登山道は、大きな石ころがゴロゴロしていて、登り難い。

浮石に脚を取られて、顛倒する選手も少なくない。

一番危険なエリアは、闇に落ちこんだ崖のような急斜面が続く。
奈落の底に落ちるような錯覚から、その恐怖が選手の心を占めていく。

得体の知れない者を掴むような恐怖心が、さらに増幅させる。

僕の個人的な印象では、それほど恐怖感を得ることは無い。

常々、トレイルランニングに習慣としているので、余り違和感は無い。

ここまで疲労しきった筈の、筋肉ではるがサンガス山の登りに使う筋肉は、平地を走る時に使う筋肉とは違う。

トレイルランナーにとっては、初心者コースと思える。

積極的に登りを攻めれば、先を進む選手をひとりひとりを追い抜いく。

思ったよりも元気な脚に、驚いてしまう。

山頂近くに迫れば、両手の掴める程の星の輝きがますます増す。

ギリシャ特有の気候により、樹木は少なく大きな大理石が登山道を塞ぐ。

捻挫を恐れる余り、選手の脚は慎重になる。

背丈の低い植物が群生している。滑り落ちないように、手で掴み足場を確保しながら登る選手も少なくない。

登山道の脇には、選手を誘導するペンライトが、紐にぶら下がり無数に山頂まで延々と続く。

岩と岩を結んだロープが、激しく揺れる。そんな危険な場所が、多く点在している。



CP47(159.3キロ)Mountain BaseからCP48(161.6キロ)SANGAS Mountain Topまで2.3キロ。

標高は1160mを一気に駆け上がれば、思ったより簡単に到達した。
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