『災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。是ハこれ災難をのがるる妙法にて候』
2010 / 03 / 28 ( Sun )
『災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。是ハこれ災難をのがるる妙法にて候』


昨夜は、徹夜の仕事で帰宅できなかった。

どうも疲れも蓄積してきたようで、あまり体調が良くない。

こんなときは、気持ちもブルーな状態でなかなか抜け出せない自分がいる。

そんな時は、いろいろな書籍を読むことに耽る。

特に精神的な悟りの世界?が僕を夢中にする。

その一人・・・良寛さんが今の清涼剤です。



17〜18世紀に越後で生きた名僧良寛が、文政の大地震で被災者に出した文書の一節です。

一見、乱暴な文章を書いたのは、良寛晩年のこと。
良寛は、決して“災難にあえ!死ね!“などとは言っていない。
死がくるときには平然と死を受け入れよ、という悟りの境地から出た言葉なのです。

今も昔も、この瞬間まで災害や死は消滅していない。
聞き直って、力強く生きる・・・・強いメッセージなのです。

災難に遭ってしまうことはあります。すでに起こってしまった災難を取り消すことはできません。

災難にあわてふためいたりしてしまうと、過った対処をして災難を大きくしてしまうかもしれません。

少なくとも心の中では災難が大きくなってしまうでしょう。起こってしまった不幸には、「こういう時もある」と受け入れ、少しでも落ちついて対処できたほうがいいのではないでしょうか。



良寛は、出雲の庄屋の長男として生まれたが、父親は文人肌の人物らしい。
家業を捨て、晩年は京都で不幸な死を迎える。
良家の秀才という生い立ちでありながら、生家が没落した後は18歳で禅寺に入門する。
そこで、備中の大寺の和尚に拾われて、禅僧としての道を進むことになる。

さらに、道元禅師との運命的な出会いとなる。
俗化した葬式仏教に嫌気が差して、宗門組織から離れ、放浪の旅に出る。
良寛33歳とき、“運に任せ、縁に任せ、天真に任せる”と唱える。
運とは偶然ではなく、天地の運行。縁とは宇宙の法則である。

天真とは、すべてを捨て、愚かなになり切ったとき、自然が明らかにしてくれる真実を指すらしい。

良寛によれば、慈悲と愛情が最大の天真を現わす力だと信じて、40歳から約20年近くを国上山の五合庵で独居の修行の日々を送る。

現生で人を評価する尺度とされる、地位、財産、名誉などは、何と20歳で出家したときに、すべてを捨て去っている。若くして、欲の無い生き方を貫徹することは、常人にはなかなか真似のできないこと。

現代人で、真っ黒に書き込まれた手帳を見せて、多忙であることを自慢する人がいる。

作家がホテルに缶詰めにされ、それでも仕事がこなせず、ノイローゼになり、やがて死を選ぶ。

たまに時間があっても、テレビをボカンと眺め、月が昇ったことにも気づかない。

仕事や時間に追われる生活に嫌気がさした人は、迷わずに、できれば雪深い真冬に、独りで国上山に登り、五合庵を訪れることをお薦めする。

粗末な部屋の中は、隙間から雪が吹き込み、無一物の生活が想像絶する程にいかに厳しいかを偲ぶことができる。

いまどき、冷暖房や携帯電話のない生活など考えられない。しかし、人間は極限の世界に身を置くことで、精神は神仏の領域に限りなく近づくのではないでしょうか・・・。
                                                                                     
“散る桜、残る桜も 散る桜“良寛の辞世の句。悟りを開いた人は、天真のめぐりと一つになる。いたずらに泣き嘆いてはならない。あなたも私も、死ぬまで生きられる。生命ある限り、善根を続けましょう。


そして、僕は最近ですが”携帯電話”を捨ててしまった。
解約してしまったのだ。
利便性は認めるが、果たして本当の意味で人と人を結びつけるツールなのでしょうか?

インターネット全盛のこの世紀においても、誤解と不満が蔓延している。
このネット世界でも、金は使っても人をつなぐものではないらしい。

利便性はいらない・・・最低限の生きる糧があればそれでよいのでは?

幸せはお金では買えなし、人間の欲望を追求しても際限がない。

質素な生活を営むことで、ほんとに必要なものや人間を確認できるはずだと思う。

何も無いことが、幸せでは?  
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「作品第1004番」 宮澤賢治
2010 / 03 / 05 ( Fri )





今日は一日あかるくにぎやかな雪降りです

ひるすぎてから

わたくしのうちのまはりを

巨きな重いあしおとが

幾度となく行きすぎました

わたくしはそのたびごとに

もう一年も返事を書かない

あなたがたづねて来たのだと

じぶんでじぶんに教へたのです

そしてまったく

それはあなたのまたわれわれの足音でした

なぜならそれは

いっぱい積んだ梢の雪が

地面の雪に落ちるのでしたから






明日は・・・・そんな一日になりそうです。




Vocalise(ボカリーズ)をご存知でしょうか?

歌詞のない母音だけでうたわれるクラシック歌曲の総称とのこと。

哀愁に満ちた、心の奥底に染み渡る悲しげな旋律が特徴的で、とても印象的な曲です。

特に、Sergei Rachmaninoff(セルゲイ・ラフマニノフ)の奏でるピアノ曲が素晴らしい。

ひとり夜の深夜には、ふさわしい一曲。

とてもいいものを、貴方に聴かせてあげたい。

こんな馬鹿な僕でも・・・・・あなたに聴かせたい。

”ごめんね”と・・・素直に謝りたい。


”ごめんね”


知らぬ間に人を傷つけてしまった・・・馬鹿な奴!

気持ちは、素直に言葉で表さなければいけない。

”ごめんね”と・・・。

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松浦亜弥さんを知る♪/渡良瀬橋
2010 / 01 / 19 ( Tue )


歌手の”松浦亜弥さん”を、ご存知でしょうか?

ランニングとは話が違うが、たまたまYOUTUBEを・・・だらだらと眺めていると、”松浦亜弥さん”に遭遇しました!!








そして、その歌唱力に驚いた!!

”渡良瀬橋”を聞いていると、確かに素晴らしい!!

ただのアイドルと思っていましたが、全く誤解していました!!


擦れたさびの・・・歌詞が最高ですね!

森高千里さんよりも、素晴らしい歌唱力に脱帽です。

全く年代が違いますが、彼女のこれからの成長に期待したい!

歳を重ねて歌うソングには、いろんな気持ちが表現されると思う。



★本日の鍛錬★
朝ラン:自宅から登戸駅まで15キロ。

帰宅ラン:赤坂から成城学園前駅まで15キロ
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2009年最後の日
2009 / 12 / 31 ( Thu )
2009年最後の日になりました。



とても苦しく辛い1年だったと思います。
しかし、それも後1日です。

2010年はどんな年か?
もっと苦しい年になります.

だからこそ、私たちは知恵を使い
こう考えるのです。


自分自身に問いかけ、自分自身で答えを出す。
そして、その答えが正しいかどうか、
自分自身で確かめるのです。

今年1年、本当にありがとうございました。


それでは良いお年をお迎えください。




2010年の想うこと・・・あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者が、あれほど生きたいと願った明日



確かに明日はやってくる。
見過ごしたことも取り返せる

やり間違えたことも、やりなおす機会がいつもあなたにあたえられている。

でも、もし私の勘違いで、今日がすべて終わるとしたら
わたしは今日どんなにあなたを愛しているか伝えたい

そして、私たちは忘れないようにしたい

若い人も、年老いた人にも明日は誰にも

約束されていないのだということも



愛する人を抱きしめるのは、今日が最後になるかもしれないことを





今年1年、本当にありがとうございました。


それでは良いお年をお迎えください。


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最後の言い訳
2009 / 12 / 20 ( Sun )
逝ってしまう友へ



12月某日、”余命3ヶ月”と医者に宣告された友からメールを頂いた。

最後の瞬間に、どうしょうもなく孤独を感じた。

これからどんな言い訳を見つけて、友と付き合えばよいのだろ?
どんな言い訳で、友に言葉をかければよいのだろうか?

そして、私が信じた事も、言い訳が多い。

今日は疲れたから、休むよ!
今日は仕事が忙しくて、明日に先に延ばしましょう!

最後の自分の弱い真の姿をさらけ出して、どうでもいいような生き方が一番いいのかもしれない。

こんな生き方が良いのだよ・と。押し癖まがりの言葉を信じてはいけない。

人生は、一度だから自分の信じた姿・・・・生き方を進むべきです。

他人からいろいろ言われても、自分らしく生きることが本当の生き方かもしれない。

それは仕事とでも私生活でも、人生を楽しく過ごさなければなりません。

人生は楽しい・・生きる価値が人それぞれにある。

どんなにも辛くても、人を苦しめる言葉を吐かない。
いいじゃやないですか?一人ひとり歩くペースが違うように、生き方も違うのでしょう!

病に苦しむ君も、そして生きることに疲れた友も、諦めないでください!

人はどんなことでも生きなければいけません・・つまり、自分の寿命を全うしなければなりません。

案外死ぬのは簡単かもしれません。でも、せっかくこの世に生を受けたのですから、最後まで生きましょう。

そして、生きていく以上は、心に残る感動を喜びを刻みませんか?

日々、感情をそぎ澄ましながら生きています。

生きるだけで、無感動な日々で価値がありません。感動してこと、生きる価値があるのです。

そんな生き方をしてみませんか?



そして、生きる証をどこに残しますか?
息を吸うように、生きた証を?


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2010年目標/感動とともに
2009 / 12 / 01 ( Tue )
2010年の目標




2010年に向けて、進捗状況を告知しよう!!

人生は感動すること、そればチームのテーマ!!

感動を共有できるメンバーとともに、2010年も迎えたい!


”感動”の二文字を大切に、同じ価値観でチームを結成した。

その感動に共鳴できるひとりひとりを大切に、心を通わせることがチームの本質だと確信している。


WS100の出場資格としては、以下になります。

1)50マイルを11時間以内
2)100Kで14時間以内
3)100マイルレースの完走
4)50マイルレースを12時間以内で3回完走



WS100の抽選は、現地期日・・・12月5日。

果たしてどうなるか?楽しみです。



★海外

6月  The Western States Endurance Run100mile
    (USA)(抽選)
    http://ws100.com/home.html


8月  The North Face® Ultra-Trail du Mont-Blanc
    (French, Italian and Swiss)
    http://www.ultratrailmb.com/accueil.php


9月  SPARTATHLON(GRECCE)
    http://www.spartathlon.gr/main.php

11月  NEW YORK CITY MARATHLON(USA)
http://www.ingnycmarathon.org/



★日本


4月 さくら道国際ネイチャーラン(選考)→当選

   http://shirotori.gujo.to/sakurainr/HP/sakurainr1.htm


5月 萩往還マラニック(250キロ)

   http://www.hagi-o-kan.com/





8月 トランスジャパンアルプスレース(選考会)
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麻薬所持で身柄拘束!!
2009 / 10 / 04 ( Sun )
★麻薬所持で身柄拘束!!★



不幸とは突然に訪れるものです。

それも、関西空港で、その不幸に遭遇するとは・・・。
完走できなかったスパルタスロンに落胆して帰国したその日(9月30日)に・・。

アロハは、麻薬容疑で身柄を拘束されました。ほんとに突然です。

入国審査を通過して、機内荷物を受け取るためにグルグルと回るコンベヤーを眺めていた。

なかなか荷物が出てこないこと荷物にイライラしていた。

後で分かったことだが、麻薬犬による荷物チェックが行われていたらしい。

それにより荷物の搬出作業が遅れて時間を取られていたのだ。

入国審査官による荷物チェックを受けるために、カウンターに立った。

審査官は若い女性であった。荷物をカウンターに置くように言われ、指示通りに従うとすぐに別の若い男性審査官が現れた。

何事かといぶかる私に、彼は静かに言った。“申し訳ありませんが、別室まで来ていただけませんか?”と、物静かにそして冷静に言葉をかけてきた。

“別室ですか?”と、何事が起きたのか私には理解できなかった。

これは職務質問だなと・・・すぐに悟った。

何か疑わしい物を、バッグの中に収納した記憶がない。

大人向けの雑誌はないし、薬物も心当たりないし、輸入禁止された品物も存在しないし・・・・私は心の中で自己質問を繰り返していた。

歩いて数分・・距離にして50メートル離れた部屋に通された。

中に入ると、正面奥に年配のベテラン審査官が、苦虫を噛んだように座っていた。

机が三つ並べられた真ん中に彼はいた。

その部屋の右側の壁に、カーテンで仕切られた区画が三つあった。

仕切られた区画には机と椅子があり、椅子は向かうあうようにニ脚ある。

やはり、これは職務質問だと悟った。

私にあらぬ嫌疑がかけられているのだ。

若い審査官が、“椅子に座ってください。“と、誘導してくれる。

ここは素直に聞くしかない・・・別に人に後指を指される悪事をやっていないので、堂々とした態度で受けることにした。

若い審査官は、厚いクリアーファイルを机に置いた。

ページをめくり嫌疑となる事項が書かれた書面をいちいちと説明する。

”心当たりありません?“と、ページをめくるたびに同じ言葉をかけてくる。

“心当たりありません!”と、私は機械的に答えるのみ。

文面に書かれたことは、麻薬や拳銃、覚せい剤、ポルノ雑誌など違法と思われるすべての事項が記述されていた。

最後のページが終わり、若い審査官は静かに言った・・“麻薬犬があなたの荷物に反応しました。

よって荷物の中をチェックさせていただきます。”

“麻薬犬?“・・・私は、麻薬容疑がかけられていることが、ここで初めて知った。

若い審査官は、荷物のファスナーを明けた。

ファスナーを開ける金属音が、部屋のなかでこだましたように私は聞こえた。

すべての物が、バックから机の上に並べられた。

携行された物を隅々まで調べられた。

そのとき、携帯電話が鳴った。

すでに、到着ロビーで、私を待っているチームメンバーであることはすぐに理解できた。

“携帯電話に出てもよろしいですか?あまりにも遅いので心配した仲間からコールだと思います。”と、許可を得るために質問した。

“申し訳ありませんが、あとにしていただけますか?”若い審査官は、仕事を優先するようだ。

仕方なくコールされるままの携帯電話を横目に、開けられたバックに視線を向けていた。

最後には、私は立たされ”ボ-デーチェック”が,全身隅々まで行われた。足裏から股間や背中など、あらゆるものが対象だ。

あまり気持ちのよいものではないが、容疑を晴らすには我慢するしかない。

約20分程度の取調べが終わった。

先ほどまで苦虫を噛んだような年配の審査官が席を立ち、ことらに寄ってきた。

すぐに表情が柔らかになるのが分かった。

彼は、私の机の前に立った、“申し訳ありません。麻薬犬の反応は間違ってしまったようです。よくあることなので、ご了承ください。

何に反応したのでしょうか?“と、愛想笑いの表情で私を見ている。

若い審査官は、恐縮している表情に変化した。

“スパルタスロンと言うマラソンに参加したので、たぶんその汗の臭いかもしれませんね!”と、私は適当な言葉を並べていた。

ただちに、机の上に並べられた品々を、若い審査官は手際よくバックに収納している。

私はただ眺めるしかなかった。ようやく容疑が晴れたのが理解できた。

若い審査官の態度も、柔らかくなり丁寧な言葉が口から出ている。

“もうお帰りになっても結構です。ご協力ありがとうございました”と、若い審査官と苦虫年配審査官が並んで、私をお見送りしてくれた。

鉄扉をあけた若い審査官に“お仕事ですからがんばってください♪”と、
大人としてのやさしい言葉を、彼にかけた。

到着ロビーには、仲間が待っていた。
待たせたことをわびて、事情を説明すると
なぜか笑われてしまった。


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訃報/関涼子さんの死を悼む
2009 / 09 / 16 ( Wed )




あらゆる生き物に絶対的に平等に訪れるものがある。つまり、“死“です。
有史以来延々と継続される生命の道理であり、あらゆる生き物たちの輪廻転生でもある。

生きていれば必ず明日を迎えることができるか?
決してそうではないことを、昨夜知ることになりました。

訃報の知らせを受けて、逝ってしまったひとりの女性を懐かしんでいた。






それは、数年前のことでした。
噂では聞いていました。

小柄な彼女が、凄い距離を辛い顔を見せず常に笑顔で、疲れ切ったランナーを癒してくれる…そんな噂です。

宮古島遠足でようやく彼女に出会う機会を得ました。
岬を周回してきた彼女は、本当に小柄でした。

ウエアもウルトラランナーと思えないダブダブのズボン、ピンクのシャツ。

そして、一番印象的なのは髪の毛をポニーテールに結び、颯爽と揺れる後姿でした。

面識のない私にも、ニコニコと優しい表情で迎えてくれました。

無礼にもツーショット写真を撮らせて頂いたのが、彼女を知るきっかけとなりました。

その後も、お台場24時間・神宮外苑24時間走などで
お逢いする機会も増え、その清々しさに人間的な魅力に満ちた彼女でした。

いつも笑顔で誰にも優しくて、ほんとに“Sunflower(ひまわり)“のような女性でした。

今、私は深く後悔しています。

もっともっと、いろんなお話をすればよかったと…。
彼女から色々な事を気づかされ、そして癒されたのです。

人としての生き方でしょうか?

辛くとも、苦しくても、どんなに泣きたくても…どんな場面であろうとも、決して人前では苦痛に満ちた表情も見せないこと。

優しく笑顔で迎えてあげること。

他人の気持ちが理解できる彼女は、いつも気を使っていました。

多くの言葉に、その優しさが満ちていました!。

私にも、よく分かります。

私が初めてお会いした時の宮古島での写真を取り出して、昨夜眺めていました。

やっぱり、いつもの笑顔です。

私達を癒しそして幸せにしてくれた“ちびたさん(ひまちゃん)本名 関涼子さん”にはもっともっと幸せになって欲しかった。

今年7月末に、余命3ヶ月と医者に突然に宣告された。
病名は癌でした。

そして、神宮外苑24時間チャレンジーを見届けたように、9月16日に30歳代の若さで逝ってしまった彼女。

今日お昼、彼女は煙になりました。

青く澄み切った大空に駆け上がっていきました。

秋晴れは、彼女らしい旅立ちにもってこいですね!

心より、関涼子さんのご冥福をお祈り申し上げます。
とても寂しく、とても悲しい・・・・・。

いつまでも,私の心に残る人でした。

そして、二度と逢えないと思うと悲しくて涙を抑えることができせん。

本当に、ありがとう!!

そして、さようなら。
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僕たちは、いつかは人生を完走する瞬間を迎える。
2009 / 08 / 21 ( Fri )
僕たちは、いつかは人生を完走する瞬間を迎える。

それは、明日かもしれない。
ある人は、覚せい剤などの薬物に溺れ快楽の中に人生を迎える人たちもいる。

また、ある人は生きた証に
感動の二文字に生きがいを感じる人達もいる。

人それぞれ、人生それぞれ。
来週25日に成田を立ち、フランスはジュネーブの地に立つ。

ツールドモンブランに挑戦するためだ。

どんなに辛くても、苦しくても・・・一過性の快楽を求めない。

心深く刻まれる感動を刻印のように心に刻んでいく。

人生は長いようで、短い。

人生は一度、どんな終焉を迎えてるかは本人の生き様でしかない。

感動は、人生の大きな喜びであり生きがいでもある。

その感動を共有できる仲間に、如何に恵まれるか?

これにかかっている。

未知の領域に足を入れて、
心震わせる感動を、心底念願している。

ウルトラトレイルツールドモンブラン。

晩夏のヨーロッパにどんなドラマが展開されるのだろうか?

人生は一度・・生き様をこのレースにぶつけよう!!

そして、今ある健康に感謝して遍く人に優しく、寛容に、心穏やかに、生きてみた。

親に感謝して、友に感謝して、僕の周りにある友に心から感謝の気持ちを伝え
篤き涙と汗を、語り続けていたい。

たとえば、蝉のごとくに生きてみた。

何十年も地の中で生きて、数日のみ地上での生き様を精一杯に鳴きながら、その死骸に重なる思いを伝えなければならない。

人生は一瞬の出来事でしかない・・だから、自分の周りの人間にやさしい言葉をかえてあげる。

物欲、肉欲、金欲などいろいろな欲望が、あなたの周りに存在している。

でも、ほんとに必要なものはそんなに多くない。

せめて、僕に関わった人々に感謝して、そして新たに一歩を刻もう。

そして、走るこの意味をこんな言葉で終わりたい。

”走り、走り、走り続けていくうちに、あらゆるものが剥離していく感覚が好きだ。

記録だとか順位だとか表彰台だとか声援だとか結果だとか努力の証だとか、あらゆるものが剥がれ落ちていく。

自分が透けて、記憶の古層が現れ、そこから快感が香りたつのだ。”

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敵は、ウイルス!!
2009 / 03 / 25 ( Wed )
敵は、ウイルス!!


世間では三連休。春爛漫の休日が最悪の日々となりました。

3月19日(木)
前兆は頭後部の走るような軽い痛み…いつもと違うと直感した。

3月20日(祝金)
頭右が軽い痛みの頻度が増えた。でも、あまり気にせずにいた。

3月21日(土)
額(右)に疱疹が少し出来てきた。気になって午後近くの診療所を訪れると、午後から休診。また徒歩圏にある病院を探したが、やはり検査を受けることが出来ない。
明日は、日曜日で完全にどこも病院は休診のはず。諦めて、休日明けの月曜日に診断していただこうと覚悟を決めた。(これが良くなかった。後で後悔することになる。)

3月22日(日)
深夜に頭痛により目がさめた。鏡を観ると額の疱疹の数が増えている。そして、まぶたが腫れて、目は充血している。

これは拙いと!…本日どうしても受診しなければならない。
ネットで検索して、休日緊急診療所を探し出して、午前9時前に書け付けた。

しばらくして、検診ガはじまり中年男性医師が、僕の顔を見て驚きの表情で迎えてくれた。

“どうしましたか?”と、医師が質問してきたので、これまでの経過を説明した。
一計を案じて、近くの綜合病院に紹介状を書いて頂く。

事は急を要するので、タクシーを飛ばして“横浜総合病院(救急病院)”に救急患者とて飛び込ます。

救急患者受付で待機していると、ナースの言葉から“これは、ヘルペスですね?”と細い言葉を聞いた。何の事かわからないので、呆気にとられて言葉を濁すしかありません。

“すぐ、内科の先生を呼んできますね!”と、ナースの機敏な対応がありがたい。

固いロングシートの椅子に座って、時間を潰していると“Aloha!さん”と名前を呼ばれた。

白いカーテンを開けると、若い男性医師が腰を据えていた。
その医師からの熱い視線を顔面に受けて、強張る僕はどんな宣告が待ちうけているのだろうか?

不安な時間が数秒間過ぎて、彼は言葉を切り出した。“これは帯状疱疹ですね。

子供に多い水疱瘡です。子供の頃にかかった水ぼうそうのウイルスが長い間体内に隠れていた後、突然暴れだしてしまう病気だ。”

よくわからない病名ですので、話を真剣に聞くだけの時間が過ぎて行きます。
処方箋を書いていただき、年の為に頭のCTとレントゲンを取っていただきました。
その結果は、“異常なし“。大事には至らくて、心の中でのは或る覚悟が砕けて行きます。

受診後、処方箋を片手に院内薬局コーナーで受付を済ませ、7日間の“バルトレックス(抗生物質)“を手にします。

そして、現在の病状ですが、額の疱瘡はかさぶたとなりました。まだ、痛みが残るものの油断はできません。
右目はまぶたが腫れて、眼球を埋没したように開くことが出来ません。

続く。

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