The North Face Ultra Trail du Mont-Blanc 2007
2007 / 08 / 30 ( Thu )
The North Face Ultra-Trail

du Mont-Blanc


5th edition -

The 24th, 25th and 26th

August 2007






http://www.chamonix.com/page.php?page=107&r=the_north_face_ultra_trail_du_mont-blanc&ling=en#








地球で最も過酷なレース・・・

モンブランに挑む人々


「ザ・ノース・フェイス ウルトラトレイル ツール・ド・モンブラン(The North Face Ultra-Trail Tour du Mont-Blanc)」に参加するアスリートの中のアスリートたちが24日、モンブラン(Mont Blanc)を周回するコースに出発した。


2007年8月24日から26日までの3日間の競技日程で、「The North Face Ultra-Trail Tour du Mont-Blanc」というウルトラトレイル(山岳マラソン)である大きなイベントがありました。

これは毎年8月の最終金曜日から日曜日の3日間に行われるイベントです。

フランス・スイス・イタリアの3カ国にまたがるモ
ンブラン周辺のトレッキングコース155kmを走りぬくというトレイルランニングのビック大会。

シャモニの町がスタート・ゴール地点で、当日は多数の参加者と観光客で突如として騒然となる。


日本人では、山岳マラソンの第一人者、鏑木毅や横山(峰)さんが出場している。

鏑木さんは、最初48位で入り、順調に追い抜いて12位でゴールです。クラス別だと8位です。

横峰さんは、最初53位で入り、途中28位まで上げましたが、全行程の2/3位のLa Foulyという所で244位まで後退しています。

原因は、疲労性のケイレンを起こしたようです。



女性では、間瀬さんが参加しています。総合880位。クラス別17位。40h59mn34s。です。


女性陣の上位です。素晴らしい。





レースは様々な世代の人が参加しているようだ。
約2000人が参加するこの大会を、なんとしても完走だけを目指して力のある限りFINISHしたい。

多分今後も世界中のトップアスリートから市民ランナーまで参加する大イベントとして続いていくだろう。今後日本からの参加者も増えると思う。


3か国にわたる163キロ、高低差約9000メートルの山岳コースを走破する「地球で最も過酷なレース」に、今年は2200人以上が参加した。

http://www.afpbb.com/article/sports/sports-others/sports-others-others/2273277/2050995

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サロマ湖100キロマラソン完走記/ホッシーさん
2007 / 08 / 29 ( Wed )
ホッシーさんの

2007サロマ湖100キロ

ウルトラマラソ完走記





みなさん応援ありがとうございました。
100kmってやっぱり想像していたより本当に辛い!!
ヒザを少し痛めたかな。筋肉痛はまださほどきていません。
明日あたりからきっとくるでしょう【笑】

途中に42.195kmのポイントがあるのですが
3月の湘南国際よりもタイムが良かった。
すなわち・・・前半完全にオーバーペース(>_<)
そしてここからペースがた落ち
これが反省点。
イマイチ慎重さが足りない性格がたたってますな【笑】

50km 脚が動かなくなり初めて立ち止まる。
    やめようかと思いました。
    完走できないかも?このあたりかなり弱気だったな〜

55km 預けていた荷物が受け取れるところ
    日陰に入り、少し長めに休息
    荷物の中からカーボショッツコーラ味を味見
    制限時間にはまだひっかからないので
    とにかく行けるところまではいってみようと
    気持ちを切り替えてスタート。
    しかし、長く休むと今度はカラダが固まってしまって
    走りだしてもしばらくは身体が動いてくれません。
    ガマンして走っているとなぜかだんだん動くように
    なるので不思議だった。

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中仙道2007走り旅/倉賀野宿から岩村田宿64.4キロ
2007 / 08 / 28 ( Tue )
昔の軽井沢宿


8月26日(日)早朝。
武蔵の国(埼玉県)に入る。

それは、中山道が消滅したことを歴然と意味する。

炎天下の国道を走れば、車の排気ガスと蒸し暑さに閉口してしまう。
現代の旧中山道は、車道拡張工事や区画整理などにより、全てが車中心の車路となっている。

何度も云うが、“道路”ではなくて“車路”である。

杉並木などの樹木や道祖神・馬頭観音を初めとする石碑は、あたかも産業廃棄物の如きに処分され、抹殺されている。

綺麗に整地された旧街道は、古の旅人が闊歩した面影さえ留めることもない。
中山道は五街道のひとつ。日本の歴史である中山道を無惨に破壊したのは、人間を軽視した交通政策と車中心社会の町づくりにあるようだ。

無機質なコンクリートで舗装された歩道は、車両の出入りのためか…傾斜や凸凹だらけで走ることに苦労してしまう。
もちろん、歩くにも違和感を持つ。

幸いにも健康に恵まれた僕でさえ、苦痛を感じる。

身体にハンデーを持つ障害者にとって、これは想像を絶する悪路としか言いようがない。

車を対象としているので、大型駐車場が必要である。そんな商売が、沿道に無秩序に立雑している。

これは、旧中山道などを含む街道の歴史的遺産を軽視した時代の産物なのかもしれない。

埼玉新都心エリアを見上げると、天空にそびえるビル群がなぜか鬱陶しく感じるのは僕だけだろうか?

さて、気分を変えて本題に…!!

中山道走り旅2007の旅程を、多少変更することにします。

蒸し暑い空の下にある市街地を避けることにします。どうしても、我慢できない。

やはり、真夏は森の中を駆け抜けたり、足腰に優しい土の上を走るのがベストチョイス!!

中山道の面影が残る宿場から再出立することにしましょう!!
その宿場とは…倉賀野宿です。

倉賀野宿は、河岸を合わせた宿場でもあり、さらに日光例幣使街道の分岐点として交通上の重要な要地でした。

大名や上級武士の宿泊が重なった時に使用された2軒の脇本陣跡が残っていて、その一軒である須賀家の屋敷の一画には高札場が復元されている。
さて、一番楽しみとしては、森の中深くある碓氷峠にある。








碓氷坂の「うすい」は、「宇須比」「臼井」「碓日」「臼居」とも記された。万葉集では、「宇須比坂」「碓日坂」と書かれ、標高1180mの峠である。昔の旅人にとって、つづら曲がりの蛇行の多い難所である。

 軽井沢の語源は、浅間山の噴火して出来た「涸沢(からさわ)」とか、噴火石が飛んできて出来た「軽石沢」からきていると言う説もあるが、柳田國男説の『峠の麓に見受けられる地名で、荷を負う意味の昔の俗語「かるう」からきている』という説を支持したい。

碓氷峠の麓の町の歴史的風情の伝わる由来である。


森林に抜ける風は、市街地吹くそれとは違って、涼しい風が吹いている。
この日のFinishは、岩村田宿になります。(距離は64.4キロ。)


この宿場を選んだ理由は簡単で、JR小海線岩村田駅に近いからです。

なお、9月2日(日)は、完全休脚の日。

7月から8月は、少しスパルタスロンに向けて頑張り過ぎた疲労の蓄積を感じているからです。(泣)

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ギリシャが燃えている!!
2007 / 08 / 27 ( Mon )




スパルタスロン2007中止か!?


猛暑のギリシャで


山火事170か所、観光客ら18人死亡!!



ギリシャでは、全土で山火事が多発している。

それも放火魔らしき人間の仕業らしい。

このためスパルタスロンも中止になる可能性が高くなってきた。


犯人には懸賞金もかけられているようだ!!

さらに、総選挙も順延で最悪の国情にあるようです。

果たして、スパルタスロンはどうなるのでしょうか?

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中山道走り旅
2007 / 08 / 26 ( Sun )



1525熊谷宿到着する。今日はこの宿でfinishです。

ここまで、精神的に疲れてしましい途中で止めようと思った。
東海道では経験しない気持ちである。


昨日今日と2日間で、中山道(日本橋〜熊谷宿)まで、距離は64キロを走り旅しました。

途中道草しましたので、+8キロ(道に迷って引き返したり、立ち寄りたい遺跡などを見学)です。

それにしても、埼玉にある中山道は、本当に街道に中山道の面影まったくない!!!


もうこの区間だでは、遠慮させて頂きます。
(泣)


唯一桶川宿には、本陣がありました。

和宮様が宿泊した由緒ある本陣ですが、一般公開されていませんでした。

地元の観光協会の人に聞くと、個人のもので市とイザコザガあり8年前からクローズされているらしい・・。

また、道路脇にあった一里塚碑も、車に轢かれて跡形もありません。

破損してから数ヶ月・・・市の対応に不満らしい。



でも、熊谷宿からは期待してますよ!!(笑 )







熊谷宿は江戸から8番目の宿場です。

1843年(天保14年)には人口3263人、家数1075軒、本陣2、脇本陣1、旅籠19軒。

宿内に遊女を置くことを禁じていたためか、宿場の大きさのわりに旅籠の数は少ない。

熊谷の地名のおこりは諸説ある。

ここを本拠とした桓武平氏・平直方の後裔を称する平直貞が、付近を荒らしていた猛熊を退治し、熊野権現堂を築いた。

これに因んでこの地を熊谷と呼ぶようになり、直貞も熊谷姓を名乗るようになったという。

直貞の子である熊谷次郎直実は源平合戦で活躍し、一の谷の戦いで平敦盛を討ち取った話はあまりにも有名である。

現在、熊野権現堂は高城神社に遷されている。
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中仙道走り旅
2007 / 08 / 26 ( Sun )
20070826175700



北本宿は、中仙道を捨てたのでしょうか?

宿場町を偲ばせる標識など
一切ない。

歴史あるものを大切にしない・・・・埼玉の気質だろうか?

東京から埼玉にある中山道は、突然消滅した感あり。


もうこの区間は走りたくない!!
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中仙道走り旅
2007 / 08 / 26 ( Sun )
20070826140901
1414鴻巣宿に至るも、宿場をAppealするもの一切なし。この宿は人形で有名とある。

本陣跡など石碑なし。まったくどうなっているの?
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中仙道走り旅
2007 / 08 / 26 ( Sun )
20070826132401
1315北本宿を通過中!僕は怒っている。埼玉に入り桶川宿以外中仙道の面影を残す史跡が極端に少な過ぎる。だんだんとイライラしてきた。

街道沿にあるのは大型パチンコ店などが独占していてつまらない。

道祖神などあったものが全て撤去されている。

無性にはらが立つ。
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中仙道走り旅
2007 / 08 / 26 ( Sun )
20070826115700
1151桶川宿に至る。むかしの面影を残す旅籠あり。竹村旅館は宿場町当時の旅籠を今にとどめる貴重な建物なり。やっと発見!
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中仙道走り旅
2007 / 08 / 26 ( Sun )
20070826110901
1102上尾宿総鎮守氷川鍬神社到着する。
いゃ〜暑くて難行してます。

ここまで期待していた通りに、旧街道の面影なし。

延々と国道を走るなり。
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