THE NORTH FACE ULTRA-TRAIL TOUR DU MONT-BLANC 2008/速報!!
2008 / 08 / 31 ( Sun )




日本人期待の鏑木毅選手・・・・


見事に4位に入賞!!





→鏑木選手ゴールシーンが観られます!!

(クリックしてね!)




日本人選手が快挙をやってくれました!!

鏑木毅選手です。

彼は2007年大会では、靴の選択が適切ではなかったため膝を痛めTop 10
にも入りませんでした。

どうやら、ヨーロッパの地面の硬さにあるらしいのです。

各通過ポイントを確認すると、

勝負を後半と決めていたらしく、後ジワジワと順位をあげ、遂には4位という快挙を達成しました!








Result 


1 JORNET Kilian スペイン 20時56分59秒
2 SHERPA Dachhiri - Dawa ネパール 21時56分52秒
3 CHORIER Julien フランス 22時31分35秒
4 KABURAKI Tsuyoshi 日本 23時10分47秒
5 ROMON Jesus Maria スペイン 23時41分28秒
6 GUILLON Antoine フランス 23時57分28秒
7 OLIVAR Aurelio Antonio スペイン 24時07分05秒
8 GIRARD Matthieu スイス 24時19分57秒
9 CSABA Nemeth ハンガリ 24時21分02秒
10 CALMBACH Uli ドイツ 24時21分20秒



初優勝のKilian Jornet選手(スペイン)!

Team Salomonに所属し、弱冠20歳のKilian Jornet選手は、SkiMounteering(山岳スキー)のレースなどで活躍している。


2位のSHERPA選手は、第一回大会の優勝者。

3位は、2007年CCC(Courmayeur - Campex - Chamionx), の優勝者。
フランス人最高位です。

2006年・2007年二連覇したMarco選手は残念ながら途中でリタイアしました。
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THE NORTH FACE ULTRA-TRAIL TOUR DU MONT-BLANC 2008/2009年以降の参加を目論むレースは?
2008 / 08 / 30 ( Sat )
The North Face

Ultra Trail du Mont-Blanc 2008


http://www.ultratrailmb.com/accueil.php



The North Face Ultra Trail du Mont-Blanc 2008(La Petite Trotte a Leonのスタート):
The Race Day!!the morning




THE NORTH FACE ULTRA-TRAIL TOUR DU MONT-BLANC 2008(ツールドモンブラン)

ツールドモンブランはシャモニーをスタート/ゴールとし、ヨーロッパアルプス最高峰モンブランを周回するトレイルランニングレースです。
毎年3,000人のランナーが参加するこのレースはフランス、イタリア、スイス3カ国に跨る158kmのコースを48時間以内に走破するヨーロッパを代表する国際レースです。
Du 27 au 31 Août 2008, la 6ème édition

UTMB (The North Face, Ultra Trail du Mont Blanc.)に参加するには
出場資格が必要です。


現在OSJおんたけ100キロウルトラトレイルを無事に完走しました。

まずは、2ポイント獲得!!

次に、ハセツネです。
絶対に完走して、2ポイント獲得!!

合計4ポイントを獲得する目論見です!!
頑張ります!!


Explore your limits !


The Trailers du Mont Blanc, assisted by French, Italian and Swiss Communes in the Mont-Blanc area, invite you to an amazing adventure :

1. UTMB : 166 km and 9 400 m of + altitude change - 46 h maxi
start Friday, August 29 at 18:30 from the centre of Chamonix Mont-Blanc

2.CCC : 98 km and 5 600 m of + altitude change - 26 h maxi
start Friday, August 29 at 11:00 from the centre de Courmayeur (Italy)

3.La Petite Trotte à; Léon : 220 km, 17 000 m of

+ altitude change, 100h maxi


A new event for 2008


The first “full” circuit of Mont Blanc : 27-31 August 2008



After the main race, the UTMB®(Tour du Mont-Blanc), then the CCC® (Courmayeur-Champex-Chamonix), born 2 years ago, a new event is appearing on the paths of the Tour du Mont Blanc: the Petite Trotte to Léon.





La "Petite Trotte à Léon" is an event for “inseparable” teams of 3 people (of which at least 2 have completed the UTMB®) with the aim of covering the full circuit of Mont-Blanc.

That means 220 km with approximately 17,000 metres of height gain. This “ultra-hike” takes place in complete autonomy from the UTMB and CCC events, with rest and refreshments provided in the different refuges passed through.



La Petite Trotte must be completed inside the maximum given time of 100 hours; from 8am on Wednesday 27th August until noon on Sunday 31st August. Participants in the event will not be ranked.

In fact, finishing the circuit is already a challenge in itself and a ranking could cause safety problems.

However each team member to complete the course will receive a certificate. The team of three is inseparable from the start to the end of the event.



The organisation is at pains to point out to potential competitors the difficulties and dangerous objectives of this new event.

The Petite Trotte à Léon will take places on paths far more “committing” than those of the UTMB® : narrow paths, very steep slopes, possible stone falls, land slips and risks of getting lost.

Often taking place at heights of over 2,500 metres, the course can be a long way from any refuge and in cases of poor weather, route finding can be difficult.

Finally, there will no other assistance other than that usually supplied by the refuges, except for evacuations where necessary.



Race Control set up from the Start and through the entire event will continually follow the progress of the teams.

Each team will be fitted out with a GPS/GSM radio beacon sending out a signal approximately every 15 minutes.

This information will also be available on the Internet and will enable constant viewing of the teams on Google Earth.


A little walk which has nothing to do with a little walk…


The course will follow mapped paths, but will not be specifically sign posted.

A 100% mountain and country course (less than 5km of made-up roads).

A specific road book, with all the maps at a scale of 1:25,000 of the definitive course of the Petite Trotte will be given to each runner in June 2008.





North America:


Badwater Ultramarathon



アメリカ、カリフォルニア州のDeath Valley(死の谷)。
その名の通り、灼熱の荒野です。

スタートは、デスバレー内のBadwater (海抜マイナス86 m) 。

ゴールが135マイル(216km)先のMt. Whitney (海抜2541 m)です。

参加定員は、90名。制限時間は60時間。

200 kmを超える距離、そして、スタートとゴールの標高差2600mという難コースに加え、驚くのがレース時の温度です。

まさか、真夏に行われるこのレース、日中の最高気温は50℃を超えてしまうのです。


Wasatch Front 100 Mile


Single stage race in Kaysville, Utah, USA which is done in the month of September. Number of Regular Participants—225. Time Limit to Finish—36 hours.
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スパルタスロン後のレース参加予定
2008 / 08 / 28 ( Thu )






Extreme Running 2009


2009年の目標を立てる。


日本には感じられない雰囲気と長い歴史を持つultramarathon racesが、海外には多い。

トレイルランニングと云う言葉が、ここ数年脚光を浴びている。
猫も杓子も…・山へ山へと誘ふ。

さらに輪をかけて、スポーツ雑誌などの影響も大きい。
Trail Runnigを紹介する専門的な週刊誌などが発刊される御時世です。

数年前など、山を走ること自体が珍しくて奇異に感じる人達が多数でした。
山は歩くものだと…高名な登山家が仰っていたことを思い出します。

それはあたかも野山が、登山家やハイカーの占有物かのような発言が多い時代に生まれたRunnerにとっては隔絶の感がある。

しかし、その同じ頃の時代に米国ではすでにTrail Runningが一人歩きしていたのです。

自然と一体となれるレースこそが、Trail Runningの醍醐味かもしれない。
さて、2009年も生きているかどうかは定かでないが、今後のレースを検討してみることにする。

地球を占める5大陸には・・・・極限のランニング(Extreme Running)が存在する。

生半可なレースではなく、世界で一番過酷と呼ばれるレースがExtreme Runningの総称らしい。

つまり、それは今後の人生のひとつの目標として大きな生きがいとなる予感を生んでいる訳です。


人生は1度・・・・残された時間と体力の限界に挑戦すべく
世界の扉を開く覚悟はできました。



A World Tour Of Ultramarathon Racesis



5大陸を挙げるとすれば、Europe・Africa・ North America・North America・South America。

まず、009年以降の大会参加を念頭に、世界のすべての大陸で行われているthe list of some ultramarathon races を列挙しよう。

Europe:


1)The North Face Ultra-Trail Du Tour DU MONT-BLANC (UTMB)



フランス、イタリア、スイスの3カ国にまたがるトレイルコース「ツール・ド・モンブラン」163kmを走るトレイルランニングレース。
2008年で第6回を迎えた。
UTMB/163km高低差延べ8,900m。
制限時間46時間
参加人数:2,319名(女性174名含)完走者62%(1,437名)
2007年の優勝者は、OLMO Marco(イタリア)58歳。21時間31分58秒という素晴らしいタイムで2連覇を果たした。

2) Spartathlon


アテネからスパルタまでのロードレース。距離は152マイル(245.3?)
制限時間36時間。世界から約300名の選手がエントリーする。
9月下旬に開催される。
紀元前500年古代ギリシャに両雄として君臨していたのはアテネとスパルタ。
マラトンの戦いにペルシャ軍の脅威に晒され劣勢に立っていたアテネ軍の司令官はスパルタの援軍を求め伝令を走らせた。その男フィディピデスは走り続け、アテネを出た翌日スパルタに到着したという。
ヘロトドスの叙述を実証するため、ウルトラランナーでもある英国空軍中佐ジョン・フォーデンは、実際にフィディピデスの辿ったルートを忠実に走り36時間以内にスパルタのレオニダス王の銅像前に到着し、ヘロトドスの叙述が正しかったことを証明し、翌1983年には11カ国45人のランナーで第1回のスパルタスロンが開催された。
コースは、パルテノン神殿の下をスタートし、アテネ市内を通り抜け、エーゲ海沿いの海岸道を走り、コリントス運河を渡る。
ブドウ畑やオリーブ林を抜け、150キロ過ぎに最大の難関1,200mのサンガスの岩山がランナーの行く手を阻む。
約200キロで再び1,000mの山を越えてスパルタに入る。スパルタ市中央のレオニダス王銅像の足に触れてゴール。
気温は日中30℃以上に上がり、夜5℃まで下がる。これまでの完走率は30〜40%。


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中仙道走り旅2008/武佐宿から三条大橋まで45.8キロ
2008 / 08 / 25 ( Mon )


2008年8月25日(月)<三日目>:

武佐宿から三条大橋まで45.8キロ



午前5時過ぎにビジネスホテルを出立つ。

相変わらず天気は雨模様。。

重い気分を押しつぶすように屋外に出ると、

さあ〜歴史の道を探求しよう!!

と、気持ちも少しだけ軽くなる



武佐宿(日本橋から486.4 km):基点0.0?→

守山宿(日本橋から500.1 km):13.7?

★東門院守山寺 →草津宿

(日本橋から506 km):19.6?→大津宿

(日本橋から520.4 km):34?→三条大橋

(日本橋から532.2 km):45.8?



予定を変更して、草津宿で帰路につくことにする。


さすがに、氷雨降る天気に飽きてしまった!!


一路横浜を目指すが、

新幹線が止まっている!!

この雨と風で、運行に支障をきたしている。


我慢我慢・・・

名古屋駅から小田原駅までの延々と続く待ち時間。。。



ここでも泣かされた!

もしかして、電車の中で宿泊しなければならないのか?


心配!心配!

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加納宿から武佐宿
2008 / 08 / 24 ( Sun )


2008年8月24日(日)<二日目>:


加納宿から武佐宿まで75.0キロ




今朝午前5時前にビジネスホテルを出立。
外は雨が断続的に冷たい雨が降っている。意気消沈しても仕方ないが、モチベーションが下がる。
100円ポンチョが今日も活躍できそうだ。


加納宿(日本橋から411.4 km):基点0.0?★美濃十六宿中最大の宿場→河渡宿(日本橋から417.3 km):5.9?→美江寺宿(日本橋から422 km):10.6?→赤坂宿(日本橋から430.7 km):19.3?→垂井宿(日本橋から435.9 km):24.5?★中山道と美濃路の追分→関ヶ原宿(日本橋から441.3 km):29.9?★中山道と北国街道,伊勢街道の分岐点→今須宿(日本橋から445.2 km):33.8?★妙応寺→柏原宿(日本橋から449.1 km)→醒井宿(日本橋から455 km):43.6?★三水四石は、居醒の清水、十王水、西行水の三水、蟹石、腰掛石、鞍石、影向石の四石→番場宿(日本橋から458.9 km):47.5?→鳥居本宿(日本橋から462.9 km)51.5?★摺針峠・彦根城→高宮宿(日本橋から468.8 km):57.4?★多賀大社→愛知川宿(日本橋から476.6 km):65.2?→武佐宿(日本橋から486.4 km):75?


一番辛かったのは、手が凍えて指先が白くなっている。
夕方午後7時過ぎに岳佐宿に辿り着いた。ああああ・・・シンドイ!
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中津川宿から加納宿まで78.3キロ
2008 / 08 / 23 ( Sat )





8月22日新宿発


中津川駅まで高速バスで移動しする。

23日午前6時前に中津川駅前に到着する。

冷たい雨に、なぜか心も重い・・・・。


歴史浪漫豊かな中仙道を走る。


2008年8月23日(土)<一日目>:

中津川宿から加納宿まで78.3キロ

中津川宿(日本橋から333.1 km):基点0.0キロ→大井宿(日本橋から342.9 km):9.8キロ→大湫宿(日本橋から356.6 km):23.5キロ★神明神社の御神木(大杉)→細久手宿(日本橋から362.5 km):29.4キロ→御嵩宿(日本橋から374.3 km):41.2キロ→伏見宿(日本橋から379.1 km):46キロ→太田宿(日本橋から386.9 km)53.8キロ★木曽のかけはし、太田の渡し、碓氷峠がなくばいい」と云われた中山道三大難所の一→鵜沼宿(日本橋から394.7 km):61.6キロ→加納宿(日本橋から411.4 km):78.3キロ★美濃十六宿中最大の宿場


身体も凍えて、予定の無いビジネスホテルに宿泊する。

辛い一日である。

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中仙道走り旅その弐
2008 / 08 / 22 ( Fri )
中山道走り旅2008夏/


中津川宿から京都三条大橋まで


の走行距離199.1キロ






お盆が過ぎ、間もなく8月も終る。


そして9月下旬…スパルタスロンが迫ってくる。まだ納得できる走り込み不足を痛感して、再び“中山道走り旅”に出立する。

今回は夜間走を試してみよう!!
二日目から三日目までは、寝静まった深夜の旧中山道を走りきる。

2008年8月23日(土)<一日目>:

中津川宿から加納宿まで78.3?


中津川宿(日本橋から333.1 km):基点0.0?→大井宿(日本橋から342.9 km):9.8?→大湫宿(日本橋から356.6 km):23.5?★神明神社の御神木(大杉)→細久手宿(日本橋から362.5 km):29.4?→御嵩宿(日本橋から374.3 km):41.2?→伏見宿(日本橋から379.1 km):46?→太田宿(日本橋から386.9 km)53.8?★木曽のかけはし、太田の渡し、碓氷峠がなくばいい」と云われた中山道三大難所の一→鵜沼宿(日本橋から394.7 km):61.6?→加納宿(日本橋から411.4 km):78.3?★美濃十六宿中最大の宿場






2008年8月24日(日)<二日目>:

加納宿から武佐宿まで75.0?



加納宿(日本橋から411.4 km):基点0.0?★美濃十六宿中最大の宿場→河渡宿(日本橋から417.3 km):5.9?→美江寺宿(日本橋から422 km):10.6?→赤坂宿(日本橋から430.7 km):19.3?→垂井宿(日本橋から435.9 km):24.5?★中山道と美濃路の追分→関ヶ原宿(日本橋から441.3 km):29.9?★中山道と北国街道,伊勢街道の分岐点→今須宿(日本橋から445.2 km):33.8?★妙応寺→柏原宿(日本橋から449.1 km)→醒井宿(日本橋から455 km):43.6?★三水四石は、居醒の清水、十王水、西行水の三水、蟹石、腰掛石、鞍石、影向石の四石→番場宿(日本橋から458.9 km):47.5?→鳥居本宿(日本橋から462.9 km)51.5?★摺針峠・彦根城→高宮宿(日本橋から468.8 km):57.4?★多賀大社→愛知川宿(日本橋から476.6 km):65.2?→武佐宿(日本橋から486.4 km):75?


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GREAT ENDURANCE/TRANS ALPS JAPAN RACE
2008 / 08 / 20 ( Wed )




日沈む日本海から日昇る太平洋に向けて、日本アルプスの3000m級の山々を抜ける。

登ればまた下る…それを何度も繰返されるのだ。

これが“トランスアルプスジャパンレース”である。

山岳用の行動用具に加え、露営や炊事用具等の全てを背に、
日本海(富山湾)から北アルプス、中央アルプス、南アルプス
を越え太平洋(駿河湾)までを走ります。

 その道程、約425km。

一切の交通機関、宿泊施設を利用せず、
自信の足のみで一週間(+予備日1日、計8日)以内に踏破する
ことを目指す、ちょっとハードな山岳アドベンチャ−レースです。

山小屋や旅館等で宿泊したり、家族や友人等にサポートしてもらったりしては
面白さが半減してしまうため、競技ルールを厳しく設定する。

 レース中には、3000mの稜線で雷雨に遭遇することもあるでしょう。

 さらにロードでは、炎天下の中、熱中症に注意しつつ一日70km以上の行動も覚悟しなければなりません。
 
このような過酷なフィールドの中にあっても、よりアクティブに行動
できる体力、精神力、判断力等を併せ持つチャレンジャーなのです。


TEAM THE HORIZONKから

マカニ・トモさんが

見事完走の栄誉を得ました!!



肉体は悲鳴をあげて、身体のあちこちがダメージを受けている。
意識朦朧とした精神と疲労困憊した肉体との狭間で、ようやく辿りついた太平洋の海を選手たちはどのように眺めていたのだろうか?


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TAJR | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
スパルタスロン/歴史300
2008 / 08 / 18 ( Mon )
多分、スパルタスロン2008でも
放映されるだろう”300”。


スパルタの歴史を物語っている。



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naoちゃんのスパルタスロン2007完走記
2008 / 08 / 16 ( Sat )


はじめに


村松さんという岡山のウルトラの一にん者の方がいらして、ウルトラの本をプレゼントして下さいました。

その本の一番最初に日本人初スパルタ完走の西村正和さんの文章があり、その冒頭部分がスパルタを言い現していますので紹介します。



《私にとってのスパルタスロン。それは一言で言うと「この世のものとは思えないレース」ということになります。246キロという距離、35度という日中の暑さ、1000メートルを越す二つの山越え、信じられない悪路、果てしない睡魔、そしてこうした条件のなかでクリアーしなければならない6ヶ所のチェックポイントと制限タイム…。それは私にとってまさにこの世のものとは思えないものでした。》


あれから10日経った今これを読むとそんなに過酷だったかなぁ?が正直なところ。

でも走り終わった直後は、なんてコース!なんて暑さ!さくら道の3倍はきつい!さすがスパルタ!!人間身体の痛みと共に記憶も辛い部分は忘れちゃうみたい。

そろそろ完走記を書こうと思いますのでよろしくお付き合い下さいね。







【スパルタスロン完走記1 スタート〜20.5キロ関門2時間】


朝6時にホテルを出発、かの有名なアクロポリスの丘の中腹の広場へ。昨晩は少しの晩酌と大ベテランのN渡さんやことみちゃん、最年少29才のN瀬さんとずっと同室だったので、安心なのか今までにないくらいよく眠れ、すっきり目が覚めました。
出発前にいろんな人と記念撮影。バスの中でことみちゃんは緊張しているようでした。私は250キロ36時間を一度経験してるから、ことみちゃんの方が不安だろうなぁ。。
暗い中広場へ到着。そこも大きな遺跡の前で感動!でもトイレがなくて早速茂みを探すことに。
スパルタスロンの横断幕の前で記念撮影してもらって後方へ。いよいよ午前7時うす明かりの中スタート!!

これがうわさの石畳の道かぁ、と慎重に下ります。気温はまだ肌寒いくらい。ギリシャの街は建物がかわいくて目に楽しいです。
市街地は通勤時間なのか車が徐々に増え、それを警官が無茶苦茶怒鳴ったり笛を吹いたりして取り締まってくれてます。

興奮しているのかキロ6分を少し切るペース。ことみちゃんとも10キロほど併走してたけど、何のきっかけかことみちゃんが40メートルほど先に。ずっと姿は見えていたけど信号にかかってしまいました。

そこへ思わぬことに優勝候補のN渡さんが。聞くといつも最初はウォーミングアップでこのペースだそうです。

だんだん郊外へ向かっているのが分かります。そこへ山があったのでスタート直後から我慢していたトイレへ。すっきりしたらちょっと元気になって快調な足どりで20.5キロ第4エイドへ2時間6分で到着。

右足親指に早くもまめの感触。急いで靴下を脱いでテーピングを外します。ここのエイドにはゼリーやお粥を預けていたのでそれらを手に持ち、一緒に来ていたN野さんから塩分だからとさば缶を一口。

エイドで3分費やし2時間9分出発。誰かがここのエイドの関門は2時間だよと言ったのが聞こえて、オオッ!いきなり関門オーバーやんっ。ピ〜ンチ!
N野さんに言わせるとこれだけ集団がいれば大丈夫。前に人が見える範囲で頑張って行こう、とのことでした

【スパルタスロン完走記2 〜39.5キロ 関門4時間15分】


走りながらお粥を流し込みます。痙攣予防に梅干しや塩昆布も口に入れます。食欲はまだありそうです。
ここで旅がらすさんに遭遇。トイレを探しているようでした。
だんだん山や坂道が出て来ました。ちょっときつい坂は歩き。歩きながらあぁ、スパルタに来てるんだと実感しました。

左手に美しい海が広がります。だんだん暑くなって来て、海で水浴びしているおばあちゃんが気持ち良さそう。右手は山で例の山火事の跡はただでさえ少ない木が丸焦げになって香ばしい匂いがします。

塩も自分で持ってきたものを小匙半分くらいを口に含み、ミネラルウォーターで流し込みます。普通だったらかなり身体に悪そうです。
海辺の村に入って来ました。ここで、300メートル程先にことみちゃんが元気に走っているのが見えて嬉しくなりました。

ところが20.5キロを過ぎて走りながら物を食べたりアップダウンが続く中、関門が気になりペースアップしたせいか、心臓が痛み出していました。
胸を押さえながらブラが圧迫しないようずらしてみたり、効くか分からないけど痛み止めを2錠飲んでみました。

関門すれすれのペースメーカーのN野さんとの距離も開き始めました。苦痛で顔も歪みます。あと10キロ。果てしない距離のように思えてきます。
でもまさか40キロで終わるわけにいきません。N野さんから30メートル離れないくらいで必死について行きます。ここで離れたらオシマイ。
遥か長い直線の向こうにエイドが見えて来ました。時計を見ると関門の一分前。やったぁ!!!

【スパルタスロン完走記3 〜61.9キロ 関門7時間】

この第10エイドにもゼリーなど預けてあり、ここでは地べたに座り込む。N野さんから塩入りお粥やいわし缶など頂く。さすがに魚は飲み込みにくくなってきた。

数人のランナーが関門を通過し、短い休憩で出発していった。その中に旅がらすさんもいてホッとする。
その後ランナーが途切れたと思ったらエイドを封鎖してしまった。関門の3分後くらい。目の前で本当に関門が閉まってしまい、ショックでした。歩いている人もだんだんいたけどあの人達はみんなダメだっんだ。私達が出発した時は本当に最終ランナーになってしまいました。さすがスパルタ!

危うく首の皮一枚繋がった。次はハーフマラソンを2時間半でいい。少しペースダウンできる。

ところがまた山道のなかなかのアップダウン。心臓もまだ少し痛む。ここも我慢のしどころ。正午を迎え暑さもヒートアップ。

ここで落語家の楽松師匠に会う。昨年先程の40キロの関門にかかり、今回かなり気合いを入れて臨んでいるのを知っているので、「81キロまで行こう!」「N野さんについて行けば完走できるから頑張ろう!」と祈りを込めて声をかけます。でも持病の膝痛でかなりキツそう。そういう私も50メートル以上離されています。

このころになるとエイドで500の水のペットボトルごともらって、少し飲んでは頭にかけます。
61.9キロを何とか5分前に通過。

【スパルタスロン完走記4 〜81キロ ヘラスカン 関門9時間半】


ここのエイドにもゼリーやサプリなどを預けてあったが、時間が気になり早々に出発。というのもさっきのハーフに正味2時間35分かかっており、次の大きな関門81キロのヘラスカンまでの20キロが同じく2時間35分しかなかったからだ。

それに気付き、幸いにも痛み止めが効いたのか心臓の痛みもなくなり調子が上がっていた。私の当初の作戦としては、ヘラスカンまでは関門がきついけどギリギリでいいから通過できれば、あとは気力でなんとかできる!というもの。
ここで行かなきゃ女がすたる!ここまで連れて来てもらったN野さんを無情にも捨て、独走体勢に。

しばらく行くと、ご主人と一緒だと思われたM橋さんの奥さんに会う。別れて走っているということは奥さんの膝はかなり悪いということ。今朝、痛み止めの注射を打って走っている。それでも「絶対81キロまで行こう!!」と声をかける。

しかし暑い。風もない。日陰もない。14時をまわり半端じゃなくなってきた。道端に横たわる人、救急車で運ばれる人、嘔吐する人、走れなくなった人…。一瞬、熱中症になっちゃえばリタイアの理由になるかな、なんて考えが浮かんでびっくり。私は熱中症にならないで!と祈りながら給水、冷却、塩分と冷静に対応していった。

驚くことにこの猛暑の中、70キロから75キロを30分で走り、キロ6分ペースを取り戻していたのだ。本当に人間の身体は不思議だ。
78.5キロのコリントス運河の手前の長い坂もみんなが歩く中、ガンガン走って登る。

そこで思いがけず、M橋さんのご主人に会う。何度も完走し、実力から言ったら会うはずもない人がしんどそうに歩いている。今朝ホテルを出るとき、水が合わず下痢していると言っていた。国外レースの難しさを感じた。
いよいよコリントス運河!夢に描いていた場所だ。近づくにつれテンションも上がる。ここのエイドで210番と教えてもらう。40キロでは最下位だったのにえらいもんだ。

少し時間の貯金ができた私は、コリントス運河の橋の上で足を止め大いに景色を堪能する。写真もバッチリ撮ってもらった。

ここを過ぎてあと2.5キロ登れば81キロヘラスカンだ。この登りでフランス人のスキンヘッド、黄色いTシャツのジェーンに会う。さくら道で会ったのを覚えていてくれて嬉しかった。

登ったところですでにリタイアした人達が出迎えてくれる。楽松師匠の姿も見え、やっぱりダメだったかと残念に思う。

ヘラスカンには関門の14分前に到着。初めてでっかい時計がチッチと針を動かしており、ここは1つ目の大きな関門、さすがに時間に厳しそうだ。
とにかく目標のヘラスカンの関門に間に合った!!

【スパルタスロン完走記5 〜100.5キロ 関門12時間15分】


ヘラスカンのエイドはリタイアした人達であふれていました。ここまでで3分の1以上リタイアしていると思います。
自分の荷物を受け取り、エイドの裏の長いすに座り、一番心配していたヘラスカンの関門に間に合ったことを喜んだ。

自分のお粥を食べ、足の指にファイティンのインクリームを塗り、太ももにもウォーミングアップジェルを塗る。

座ってる間、知らないリタイア選手達が、写真を撮ってくれたり「それだけ食べれれば大丈夫!」と声をかけてくれる。自分達の分も頑張ってくれ!と聞こえる。

今回エントリーしていたけど故障で走らなかったF見さんが「ことみちゃんはさっき元気に出て行ったよ」と教えてくれた。

N野さんやM橋さんの奥さんが気になったけど、この関門は9時間半までに出発しなければならない。11分休憩し、関門の3分前にスタート。M橋さんとほぼ同時だったけどよっぽど体調が悪いらしくすぐ振り返っても見えなくなった。

一安心した後、また走り出し現実と向き合うのは辛い。だんだん夕日になり日は傾いて来たけどまだまだ暑い。

道は一気に葡萄畑の広がる田舎道へ。農家の塀に隠れて二回目のトイレ。
次のエイドへは関門の2分前。その次は5分前。またまた気が抜けない状況に。後ろを振り返ってもM橋さんもN野さんも来る気配がない。ダメだったか…?とにかく自分は頑張らなきゃ!

大きな遺跡のエイドでまたF見さんに「ことみちゃん行ったよ!」と教えてもらう。ここのエイドの水は冷たくて、もう18時ごろだというのに頭からばしゃばしゃかぶる。初めて氷もあったので帽子の中に入れる。韓国人ランナー二人から「さくら道!」と声をかけてもらう。

しばらく行くと、尿もれパッドのCMの国際ランナーミホちゃんに会う。久々の日本女性に会い元気になる。故障があるようだった。

住宅街の中にある100.5キロのエイドにはちょうど19時、12時間、関門の15分前に到着。この暑い中、上出来だ。しかも15分も時間が残せて一息つける。
ダブルさんのアドバイスで日暮れは19時半ごろとあったので、少し早めにこのエイドにはライトやウィンドブレーカーの上を預けてあった。
まだ暑いのでウィンドブレーカーは腰に巻く。さぁ!あと146キロ。

【スパルタスロン完走記6 〜124キロ ネメア 関門16時間】


100キロを12時間でいけたことが嬉しかったのか少し気持ちに余裕というか、楽しむ気分も出てきた。

また可愛いらしい住宅街に入ると、4、5人の男の子や女の子がノートにサインをねだってくる。ローマ字でnaokoと書いてあげるとすごく嬉しそうに、ありがとう!と言ってくれるが、目は次のターゲットを探している(笑)

日がようやく暮れ、いよいよ真っ暗に。道はどんどん山へ向かっている。山の斜面の畑でトイレ。このころランナーに徐々に抜かれる。

その中にT中さんというべっぴんさんランナーで、私が20キロくらい手前で「頑張って下さいね。」と言って抜かした人が「追い付いた〜!さっき眠くて5分仮眠したら復活したんよ」と軽快に走り去って行きました。やっぱり女性は強い。

この10キロにキロ9分かかっていたことに気付き、気合いを入れ直す。が、各エイドの通過関門タイムが思うように広がらない。この辺りからエイドに暖かい紅茶などが出だしホッとする。

暗い山道の向こうの方に明かりが見える。あそこが大きな2番目の関門124キロ、ネメアだ。

最後の力を振り絞ってダッシュ!心の中で「なお先輩あと10分ファイトォ〜!」と、ソフト部の後輩に声かけられるバージョンで気力を出す。
ネメアには関門の25分前、22時35分着

【スパルタスロン完走記7 〜148.5キロ リルキア関門20時間】

このエイドにはやはりお粥と夜中のご褒美にドンベイを置いていたけど、ここにはたくさん応援が来ていて、日本人クルーやランナーの奥様方、リタイアした人達が、あったかいうどん食べて行き〜!と声をかけてくれた。今までずっと冷や粥やゼリーばかり食べていたので涙が出そうなくらい嬉しかったo(^-^)o
暖かいうどんを食べていると外人さんが「それな〜に?」「うどんヌードル!」と一口食べさせてあげたけど、感想は※☆%£!?だったみたい(笑)
ここで重要な証言が!N野さんがヘラスカンの関門を通過していると!さすが!

私にとってN野さんとM橋夫妻がスパルタを目指すきっかけをくれた人達。いつかみんなでスパルタ走りたい!それが私の夢でした。こうして今夢が叶っている。できればみんなでゴールしたいo(><)o

N野さんがすぐ後ろに来ているのに元気づけられて、出発!!
10分以上休んだからまた時間が少なくなってきた。だんだん夜もふけてきました。しばらく行くと砂利道に。そして前をふらふら走るランナーが。T中さんです。また眠くなっちゃったみたいです。

しばらく一緒に走ったり歩いたり。「148キロまで頑張ろう!」「少し走りますか?」と声をかけますがかなり辛そう。
聞くと81キロのヘラスカンで横になっていたらN野さんが「おい!行くぞ!」と声をかけてくれたからここまで来れたんよ、と感謝していました。

「N野さんがすぐ後ろに来てるから仮眠しててもまた起こしてくれるだろうからおいでね。」と言った後の長い下りで振り返るとT中さんの姿は見えなくなっていました。

後で知ったことですが、彼女は100キロの世界大会の日本代表です。ただ者はここにはいないですね。ただ、速くてもこうして眠気に勝てなかったり、超ウルトラの難しさを改めて感じました。

私の方はというと、ずっと登りで健闘してきた分、下りに入りますます元気!私の好きな深夜の時間帯。

周りは葡萄畑、空には満月を少し過ぎた月が一本道を照らしてくれます。懐中電灯も要らないくらい。

快調に下ってはエイドで時間を確認しますが…、全然時間のアドバンテージが稼げない。せいぜい20分程度。そこを頑張ってやっと2分縮めても、トイレに一回行ったらパー。

調子が良いだけにだんだん辛くなって来ます。月を見上げ、せれさ〜ん、カサブランカさ〜ん、みんな〜!辛いよ〜う(泣)って何回も言いました。みんなと一緒に走った運動公園、練習会、いっぱい応援してもらったこと…たくさんのことを思い出しながら、崇高な気持ちで走り続けました。
今回この月明かりにはみんなに見守ってもらってるようで非常に癒されました。
それでも頑張って148.5キロリルキアに関門の29分前、深夜2時31分着です。
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