ツールドモンブランNHK放送時間のご案内
2009 / 10 / 30 ( Fri )
ツールドモンブランNHK放送時間のご案内


ツールドモンブランの放送が以下決まりましたので
ご案内致します。

10/31(土)20:00〜20:45 
NHK総合テレビ「ワンダー×ワンダー」

http://www.nhk.or.jp/wonder/program/19/index.html

※放送時間はこれまで22時からでしたが、今月から20時に
変わりますので御注意ください。

公式サイトは、http://www.nhk.or.jp/wonder/

11/29(日)22:00〜23:30 
BSハイビジョン「ハイビジョン特集」
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SPRATATHLON 2009公開(レース編 4)
2009 / 10 / 29 ( Thu )
SPRATATHLON 2009公開

TEAM THE HORIZONよりお知らせいたします。

スパルタスロン2009での大会を、撮影致しました。

特に、日本人選手を中心に編集しております。


今回は、チームメンバー中心の速報版を公開致します。



完全版は、日本人選手中心に撮影しております。

DVDご希望の方は、ご連絡ください。

email:teamthehorizon@gamail.com





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SPRATATHLON 2009公開(レース編 3)
2009 / 10 / 28 ( Wed )
SPRATATHLON 2009公開

TEAM THE HORIZONよりお知らせいたします。

スパルタスロン2009での大会を、撮影致しました。

特に、日本人選手を中心に編集しております。


今回は、チームメンバー中心の速報版を公開致します。




完全版は、日本人選手中心に撮影しております。

DVDご希望の方は、ご連絡ください。

email:teamthehorizon@gamail.com



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SPRATATHLON 2009公開(レース編 2)
2009 / 10 / 27 ( Tue )
SPRATATHLON 2009公開

TEAM THE HORIZONよりお知らせいたします。

スパルタスロン2009での大会を、撮影致しました。

特に、日本人選手を中心に編集しております。


今回は、チームメンバー中心の速報版を公開致します。




完全版は、日本人選手中心に撮影しております。

DVDご希望の方は、ご連絡ください。

email:teamthehorizon@gamail.com

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SPRATATHLON 2009公開(レース編 1)
2009 / 10 / 25 ( Sun )
SPRATATHLON 2009公開

TEAM THE HORIZONよりお知らせいたします。

スパルタスロン2009での大会を、撮影致しました。

特に、日本人選手を中心に編集しております。

今回は、チームメンバー中心の速報版を公開致します。




完全版は、日本人選手中心に撮影しております。

DVDご希望の方は、ご連絡ください。

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ツールドモンブランを振り返って第6章
2009 / 10 / 23 ( Fri )



第6関門はクールマイユール(Courmayeur:標高1190m)である。

関門制限時間は翌日13:00であるが、必死に走っても制限時間+30分の13:30に到着するのが精一杯頑張ったのです。

Anete Mony Fabre(2435m)からクールマイユール(Courmayeur:標高1190m)までの標高差は、何と1245m!!

乳酸値が抜けない両脚を、労りながらまたさするように慎重に激坂を下る。

2時間おきにクエン酸とアミノ酸を定期適に摂取しながら、少しでも体力の回復を期待するしかない。

クールマイユール(Courmayeur)の人口2,798人。

イタリアヴァッレ・ダオスタ州コムーネの一つで、欧州最高峰であるモンブラン(イタリア語でモンテ・ビアンコ)の南東麓にあり、イタリア有数のスキーリゾート及び避暑地です。

冬季は山岳スキー、夏季は夏山登山でにぎわう。ミネラルウォーターでも有名な町である。日本語ではクールマイヨールと表記されることも多い。

イタリア北部アオスタ州の小さな町クールマイヨールは、帝政ローマ時代にこの町の近くには「Curia Maior」というローマ領があり、現在も残るローマ遺跡が当時のこの地の重要性を物語っています。
ここは日本人には嬉しい温泉地として2000年以上もの古い歴史を持つこの町でもあります。

17世紀に、この地を治めていたサヴォア公爵家が土地を整備し、初めて温泉施設を建設。

その後、アルプスの美しく荘厳な景色に魅せられた貴族達が、こぞって別荘を建てリゾート地として国内外に知れ渡りました。
アルプスの恩恵をうけたこの地は、現在では世界有数のスキーリゾートとして、多くの人々を魅了し続けています。町にはお店やレストランが並び、シーズン中は諸外国からの観光客で賑わいます。その一方で、中世の面影を色濃く残すこの町は、いつのころからか、「アルプスの真珠」と世界中の人々から賞賛されるようになったのです。


現地に住む日本人の女性の方が、クールマイヨールを辿り着いた日本人選手におにぎりを配っていた。


他の日本人選手のサポートの女性らしく、差し入れ頂いた“おにぎり”を食べてました。

やはり、日本人はお米でないと元気がでません。

ここで預けて置いた荷物を受け取り、2日目の夜を迎えるためにライトの電池交換やパワージェル等の補給する。

制限時間をオーバーしていましたが、ここで終わるように宣告されることもなく

“これから先に進んでいいのだろうか?”と思いながら、荷物の整理に追われていました。


なるべくこそっと・・人目に付かず逃げるようにクールマイヨールからの逃亡です。(笑)

時間も精神的にも全く余裕がないので、直ちに出発しました。


最後尾からスタートしましたが、ボランテイアスタッフの視線が気になります!!(笑)


夜間の2000m級の山では、気温マイナス5℃前後で、かなり寒さを感じますが、

日中のクールマイユール(Courmayeur:標高1190m)は、抜けるよな快晴で強烈な日差しが照りつけ気温も25℃まで上昇したようです。こうゆう時は、生ビールが旨いだろうなと…儚い夢を想像したりもしました。


ホントに暑くて、辛い時間帯です。

クールマイユール(Courmayeur:標高1190m)を無事に出脱に成功して、しめしめと思って

お気楽モードで先を急ぎます。相変わらず呼吸は苦しくて、悪化しないように祈るがかりです。

日本に帰国して、病院に検診を受けたところ“急性気管支炎”と診断されて、緊急入院となるのですが・・。それまでは、その病名さえ知らず自分の身体の異変に、ただ驚くだけでした。


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ツールドモンブランを振り返って第5章
2009 / 10 / 21 ( Wed )



セ−ニュのコル(Col de la Seigne:標高2516m)からコンバル(Lac Combal:標高1970?)までは夢のような風景を楽しむ余裕が出てきた。


今朝まで、あれだけ走りが止まったことが嘘のように脚が軽く感じる。

コンバル(Lac Combal:標高1970?)はイタリアに入っております。


ultra trail du mont blanc
アップロード者 ironcroquette. -




石を積み重ねたような丘にたどり着き、その丘に立つと眼下に黄色いテント群が現れた。

車両も数台駐車しているので、まさか?…収容バスが待機しているのでは?

ここの関門の制限時間が、午前10時である。距離は65?で、まだまだ半分にも至っていない。

やはり、ツールドモンブランは大変だ!!


数名の歩いている選手の人影が見えているが、なかなか縮まらない。

ガレ場の如く、足の裏を突き上げてくるが厚底のトレイルシューズを選択して正解だと続く感じた。


テントに近づくと選手の列が続いていた。もしかして、リタイアか?と、覚悟を決めた。

様子を眺めていると、ゼッケンを外す選手が並んでいるのだ。



既に制限時間を30分以上を過ぎているので…駄目か!と、机に置かれたリタイア宣言をする証明書にサインをしているのだ。

スパルタロンでもそうだが、CPでリタイア証明書にサインすることが常識らしい。

私は諦めきれず、選手達の後を隠れるように通過する。


ここでリタイア宣言した選手は、それ以降は進めない。当然ゼッケンも外されて収容バスを待つのみ。


私はまだリタイア宣言をしていないので、先に進むを決意しました。

同じように数名の外国人ランナー(イタリア・イギリス・フランス)3名と共に、次のクルマイヨール(Courmayeur:標高1190m)まで一緒に目指すことにした。


さて、これからまたたま69キロ地点にあるアレートモントファーベ(Arete Mont Favre:標高2435m)山頂まで標高差465mの石ころゴロゴロの激坂を登ります。

下りや平地は何とか走れますが、もう激坂となると思うように足が上がりません。

予想はしてましたが、延々と続く登りや下りは精神的に参ってしまいます。

トレーニングの方法を再考することが、これからの課題だね…と思いながらも必死で登ります。なんとか次の第6関門であるクールマイヨール(Courmayeur:標高1190m)

の制限時間13:00までは到着したいと思いますが、どうしてもペースが上がりません。

それでも、ひとりひとり落ちてくる外国選手を拾っていきます。

両手を腰で結び、上半身を少し前に傾ける登りの作戦が奏功しているのでしょうか。

案外、疲れた脚が進むのには驚かせれます。


山頂から落ちるように1245mの激坂を下ると、78キロ地点クルーマイヨール(Courmayeur:標高1190m)に至ります。


クルーマイヨール(Courmayeur:標高1190m)は、イタリアの有名な観光地です。

小さな田舎町でとても綺麗な街です。ちなみに、先立っておこなわれた98キロのCCCはここがスタートでシャモニ−がゴ−ルです。


シャモニ−との間はアルプスをぶち抜く11キロのモンブラントンネルで結ばれており、バスの所要時間は僅か1時間です。山を走ってくると17時間以上かかるのに・・

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ツールドモンブランを振り返って第4章
2009 / 10 / 20 ( Tue )





シャビュー(Les Chaplers:標高1549?)からセ−ニュのコル(Col de la Seigne:標高2516m)までの区間は、夜明け前の薄明かりの中を選手の長い列が続く。

日本で言えば、村道のような鄙びた粗い舗装道である。

睡魔は無いものの、途中コースアウトした影響だろうか?脚が止まってしまった。

走ることができないので、強い歩が求められるのだ。

川に架かる小さな橋を渡るといよいよセ−ニュのコル(Col de la Seigne:標高2516m)が待ち受けている。


標高差は何と…967m!!精神的に一番きつい瞬間を迎えたようだ。

必死で両手を腰に当てて、体重を前に押し出すような登り方が、私のスタイル。

おんたけウルトラトレイル(100?)でも実践した、究極のテクニックである。


霧が頂きにかかり、徐々にその視界を悪化していくと、さらに精神的な苦痛が待っていた。

頂上も見えないし周囲の風景をも楽しむことができない。

どこをどうやら歩いているのか、甚だ不明瞭なことこのうえない。

少し小雨が降ってきて、ホントに泣きっ面に蜂だ!!


登山道には横たわる選手が多く見受けられる。

あそこにもこちらにも、座るには適当な岩を見つけては

深く腰を埋めるように座る女性選手や、泥のように眠る男性選手が深い霧の中から現れてくるのだ。

睡魔の闘いが依然と続いていて、どうしょうもなく横になりたい気持ちが湧くが、ここは我慢だ!!
Col de la Seigne

霧の中では、いくつもの頂がある。やっと頂上に到着した!…と喜んで、先に進むとまた登りが現れる。それを何度も経験しながら、到着した峠がセ−ニュのコル(Col de la Seigne:標高2516m)であった。


頂上には数名係員が、私達を待っていた。

風が強くて、横殴りの風がテントを大きく揺らしていた。

ゼッケンには日の丸が表示されているので、男性係員は“ジャポン!”と何度も声をかけてくれる。ここにはエイドはないので、黄色いテントそばを通過すると気が付いた…すでに撤収が始まっている。“次の関門までの制限時間に間に合わないかもしれない”…コースアウトさえしなければ…と深い後悔に悩まされ続けていた。


セ−ニュのコル(Col de la Seigne:標高2516m)を越えると、不思議なもんで、風も止まり霧も晴れた。


それからは日本に存在しないだろう…夢のような桃源郷がコバル(Lac Combal:標高1970m)まで続く。

この渓谷には見上げれば奇妙な岩峰が続き、高原植物の花がありらことらにその可憐さを見せてくれる。ここまでの睡魔と疲労が一瞬でも消えたような錯覚に落ちてします。

それほどまでの美しさは、これまで経験したことがない。生きててよかった!・・と素直に喜んだ。制限時間なんどあまり気にせずに、いまここにある自分に満足できればそれはそれで問題なのか?…と。




ツールドモンブンで感じたことは、立ち止まることなく歩き通せる脚力とどんなトラブルがあろうとも諦めないタフな精神力を必要とすることだ。

100マイルは約160?…すべての距離を走りきることは、どんなアスリートでも不可能に近い。合理的で経済的な登りを歩くテクニックが会得することが完走するには一番重要なことと確信している。


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2010年の目標
2009 / 10 / 18 ( Sun )
2010年の目標


Western States Endurance Run100mile2009今年は体調を崩して、思うように走り込みができなかった。ワンシーズン棒に振ってしまった。

入院も二回ほど、病院のお世話になっている。

早く健康を回復して、来年は納得できる走りを期待したい

で、来年も海外遠征を中心に、長距離走に挑む。

また、ツールモドンブランに向けては、高地トレーニングに励みたい。




★海外

6月  The Western States Endurance Run100mile
    (USA)(抽選)
    http://ws100.com/home.html


8月  The North Face® Ultra-Trail du Mont-Blanc
    (French, Italian and Swiss)
    http://www.ultratrailmb.com/accueil.php


9月  SPARTATHLON(GRECCE)
    http://www.spartathlon.gr/main.php

11月  NEW YORK CITY MARATHLON(USA)
http://www.ingnycmarathon.org/



★日本


4月 萩往還マラニック(250キロ)
   http://www.hagi-o-kan.com/

5月 さくら道国際ネイチャーラン(選考)
   http://shirotori.gujo.to/sakurainr/HP/sakurainr1.htm


8月 トランスジャパンアルプスレース(選考会)
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ツールドモンブランを振り返って第三章
2009 / 10 / 16 ( Fri )





シャモニー(Chamonix)の標高が1035m、レ・ズーシュ(Les Houces)の標高が1012m。

シャモニ−の街並みを走り抜けると、建物も無くなり川が現れます。
少し緩い下りを快調に走ることができます。間もなく森に入り、本当の意味での“トレイル”が始まりました。


森の中でも応援する人達が多くて、その数に驚きます。トレイルランニングが身近なスポーツであることを実感できます。

森の中のトレイルは、多少起伏がありますが問題なく気分爽快に走れました。
応援される人達も、それぞれ独特なスタイルで中にはビールの差し入れをする方もいました。

私は遠慮することなく、ビールが注がれた紙コップを手にして半分だけ口にすることに…。

お気楽な森林浴ランも終わりがあります。眼前にはラ・シャルメ(La Charme)が待ち受けています。標高は1799mでいよいよ最初の激坂を登ることになります。

ここで心配なことがあります。平地を走っていても呼吸が苦しくて、今まで経験したことの無い状態が続いています。




果たして、これからの激坂に対応できるのか?心配でなりません。

名前の分からないスキー場にある砂利道坂を登り、標高もグングンと上ってきます。
ストックをザックから取り出して、これからの登りに備えます。

レ・ズーシュ(Les Houces)からラ・シャルメ(La Charme)までの7?を約800mを登る。

頂上に近づくにつれて、日没となり徐々に暗くなります。

ヘッドライトを頭に装着して必死で登ります。しかし、ここで大きな問題が発生しました。


呼吸が苦しいのです。日本で高地トレーニングとして富士山山頂を数回やりましたが、こんな呼吸困難の状態は経験することはありません。

“何だか変だ!”と、自分の身体の中で何かが起こりつつあると直感しました。
呼吸がうまくいかないと、足が止まってしまいます。後続の選手に次々と抜かれ、どうしょうもない身体の異変に戸惑うばかりです。

立ち止まることも多くなり、肩で息をしていると通過する外国選手から“大丈夫ですか?”と声をかけられる始末。

“どうしたんだろう?”と、自問自答を何度も繰り返す。

こんな状態では、想定したラップを刻むことができません。
完全に出遅れてしまい、後続グループに吸収された。
顔なじみの日本選手が何人かが、私を追い抜いて行きました。
まだまだレースは始まったばかりですから、元気な彼らの姿は私の視界から消えていきました。

コースは、蛍光塗料で塗られた道標がしっかりと設置されていますので、まず迷うことはありません。しかし、霧は別物です。

ラ・シャルメ(La Charme)山頂にたどり着く頃には、霧が出てきてかなり苦戦しました。特に、下りは視界が最悪で足元を確認することもできません。


足を滑らして転倒する選手が多く見受けられました。

転倒を恐れて下りを走ることができないので、自然と選手の長い列が形成されてきます。時間だけが過ぎていき正直に言えば、上りでのロスタイムをカバーすることが出来ず焦ってきました。


得意の下りを走れないのでペースが上がりません。

標高差787メートルを一気に下った底のようにあるのは…標高807mのサン・ジュルウエ(Saint-Gervais)。

シャモニー(Chamonix)をスタートして、ここまでまだ21?…地獄はこれからでした!!

最初の第一関門は、レ・コンタミン(Les Contamines)。

31?地点にあり制限時間は、翌午前零時45分。

標高差353メートルを必死で登って辿り着いた時は、深夜0時を過ぎていました。

暖かいス−プと柔らかいパンとオレンジを頂き、時間に追われるように再出発しました。

深夜に関わらず大勢の人が、火を灯った松明を持って選手を待ってくれていました。

カウベルを鳴らして“アレ!アレ!”と声をかけてくれるその言葉が温かく感じます。

そして、第二関門はラ・バルム小屋(La Balme)です。


標高は1706m、制限時間は翌日午前2時45分。
バルムの小屋まで標高差546メートルを登ります。岩場が多くなり走ることができません。

気温もグングン下がりマイナス5℃ではないでようか?

折りたたんでいたゴアテックス製のマンウンテンパーカーを、ザックから取り出し凍えて手が震えながら着ることにしました。

少し重いこのパーカを携行するか否かに悩んでいまので、本当に助かりました!!

更に悪いことに、細かい雨が降ってきました。泣くほどに冷たい雨が体力を奪ってきます。

でも、これも私だけの問題ではなく、今ここにいる外国選手達も無口となり、必死で我慢して難儀な気象条件に耐えています。

濡れた岩場が続き、慎重に足場を確保しなければなりません。

ラ・バルム小屋(La Balme:標高1706m)から先は…泣きたい位に延々と登ることに…。


ボンノム峠(Col du Bonhomme:標高2329m)〜クロワ・ド・ボンノム峠(Col de la Croix de Bonhomme:標高2479m)までの標高差773mを登りを、雨足も強くなり濃霧の中を放浪するように意識朦朧状態に陥ります。


呼吸が苦しく、酸素が足りないと身体が悲鳴をあげているのか脚が動きません。

ヘッドランプから照射する光は、霧は厚いカーテンなり透過することできません。

1m先もどんな地形かも分からず慎重に足元を確認しながら、コースを示す反射板のみが命綱です。

私の前後には、選手の姿がありません。

ホントに大丈夫かな?コースアウトしていないかな?と疑念と焦りだけが次第に自分の判断を攪乱していく。

どのような地形かもよく分からない山道を、必死にコースを示す反射板を頼りに丁寧に追っていきます。

クロワ・ド・ボンノム峠(Col de la Croix de Bonhomme:標高2479m)は、ここが峠か?と思うほど視界が悪く、どこから下りたらよいのかコースが認識できない。

判断が出来ない以上、後続の選手を待つしかないと覚悟を決めた約15分程度は、呆然と雨に打たれながら佇むだけであった。

仕方ないと諦めて、コースらしき道に進むと反射板らしきものを発見した!
霧が邪魔して確認できないが、間違いなくコースだと確信して安堵の気持ちを抑えることができない。

腕時計を確認すると第四関門のあるシャピュー(Les Chapieux:標高1549m)までの制限時間翌日午前6時15分までの余裕がないことに気が付いた。

信じた道…コースと思われる山道を進むしかないと覚悟を決めて、濃霧を切り裂くように駆け下りていく。

約1時間過ぎてある村らしき建物が、霧の中から現れた。

シャピュー(Les Chapieux)の村と確信して、村を示す標識を確認しようと探すとそれはあった。

そして、驚く事実を知ったのです。そこはシャピュー(Les Chapieux)の村ではなくて、グラシェ村(La Ville des Glaciers)だったのです!!

シャピュー(Les Chapieux)の村を飛び越えて、次のグラシェ村(La Ville des Glaciers)に下山したことに気づきました。

第四関門であるシャピュー(Les Chapieux標高1549m)を通過しなければ、当然ですがナンバーチェックしていないので“失格”です。

腕時計を再度確認すると、午前5時前。残り約1時間しか残されていません。
この事実を知って、“ツールドモンブランの悪魔“の罠に捕まったのでしょう。

今泣き言を吐く場合ではないので、たった今下山して来た登山道を再び登る羽目になってしまった。

霧で視界不良の上、登りの山道は雨に濡れた岩場が多く注意しないと滑って転倒しそうだ。

約2時間後に、夜も少し明るくなり、雨も止んだクロワ・ド・ボンノム峠(Col de la Croix de Bonhomme:標高2479m)に立つことができた。

ここまで辿り着くまでに、二回ほど転倒してしまい打撲の左腿が少し痛い。

身体を確認すると、3ヶ所の傷口から少々出血しており、肌色も黒く変色して
いる。
携行した消毒液で傷口を洗浄し、バンドエイドを貼って応急処置を施す。

第四関門シャピュー(Les Chapieux標高1549m)の制限時間は翌日午前6時15分。

必死で下りを飛ばしてきたが、制限時間を既に数十分オーバーしていた。

テントの中には、若い女性が忙しく数名の選手を優しく世話をしていた。声をかけると、温かいスープを持って来てくれた。
胃の具合は問題ないので、忙しくスープを飲み干す。
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