引越しのお知らせ
2010 / 07 / 09 ( Fri )
チームプログが、引越しました↓


http://teamthehorizon.jimdo.com/





是非、ご覧いただければ幸いです。

まだまだ、チームは世界を目指します!!!

今後もよろしく♪

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WS100への道:第二章
2010 / 07 / 04 ( Sun )


デルタ航空

6月25日午後4時過ぎに成田空港を離陸したデルタ航空は、滑走路を滑るように雲の中に消えていく。

2日遅れの旅立ち。

米国系航空会社はあまり評判がよくない。

機内のお酒は有料だと噂に聞いていたので、特にビール好きな僕は、

機内でビールを買えば5ドル程度はするらしいので、事前に空港出国エリアにあるショップでビールとおつまみを購入して手荷物に隠して持ち込むことにした。


デルタ航空機内の印象は、味も素っ気もない。
例えば、座席は黒っぽい茶色した人工牛皮で頭に置くシートもない。
衛生的に問題があるのではないだろうか?

また、座席前には今は標準装備だと思う個別モニターがない。
映画やゲームなど機内で時間を過ごすには絶対に必要だと思う。
その代わるに、小さなスクリーンが機内に吊るされてはいるが、画質が悪くて
鑑賞するにはストレスを感じる。もちろん、映画をお客が選択できる訳もなく
好きでもない映画を眺めるしかない。


イアーフォンも壊れていて、ジャックを差し込み口が壊れていた。
仕方なく片方のイアーフォンだけで音を聞くしかない。

それからキャビンアテンダントに言及しますと、あまりにも年齢が高い。
おそらく50歳代と思われる女性アテンダントが占めている。


また、その表情たるや笑顔でサービスするといった精神のかけらもなくて、
何かに怒っているかのように険しい表情で、僕に声をかけてくる。

恐る恐るビールを頼めば、愛想笑いもなくてめんどくさいように“日本のビールですか?”と語気を強めて詰問する。
ちなみに、噂とは違ってワインとビールは無料でした。
これだけは、Good!


SFO上陸


日付変更線を越えてた!!

6月25日午前9時過ぎに僕を乗せたデルタ航空は、サンフランシスコ国際空港に着陸しました。

霧のサンフランシスコ・・・朝は霧がかかりやすいと誰からか聞いたか思い出そうとしていた。

初サンフランシスコ上陸を果たして、少し緊張して入国審査の列に並んでいた。

空港到着ロビーのゲートを抜けると、前村さんが手を挙げて自分の存在を示していた。二年ぶりの再会で、懐かしい笑顔が迎えてくれた。

レース前日の朝で、時差ぼけをかかえ抱えたまま、空港駐車場に停車しているレンタカーでスタート会場Squaw Valley目指した。

しかし、選手登録の13:00には間に合わず、スタート前の3:00AMに来てくださいとのことで大会Briefingのみに参加した。

Western State 100は、Montrail Cupのシリーズチャンピオンシップ大会でもあります。

各地のレースの優勝者やTop Runnerが紹介され、全米King & Queen of Trailを決定する大会でもあるのです。

全米のみならず世界24カ国からTrail Runnerが、ここSquaw Valleyに集結したことになります。
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WS100への道/第一章
2010 / 07 / 03 ( Sat )


出発

6月23日午後2時過ぎに成田国際空港に第一ターミナール出発ロビーに立っていた。
往来の激しいロビーにある椅子に座り、三々五々時間を過ごしていた。
突然に、携帯電話にベルが鳴った。嫌な予感に心が残る。

それは長い時間過ごした闘病中の母の容態が安定しない日々が続いていたからだ。
すでに年齢も80歳に迫り、肉体もまた精神も老化現象に顕著になり日々は介護の闘いである。
幸いにも実姉を始めとすり6人兄弟姉妹が、実母の具合を気にしており手助けを献身的に行っている。
若いころ実父と別れからは苦労を重ねた人です。
そんな実母のことを想う子供達にっとは、面倒を見るのは当然なのです。

恐る恐る携帯電話を耳にあてると、実姉の声だった。その声は震えいるように僕には聞こえた。
話を聞けば、実母の危篤を知らせるものであった。

僕は、覚悟を決めて再び自宅に戻らなくなってしまった。
今年のWS100は、儚い夢となるのだろうと確信した。

入院先の病院に駆けつけた。荒い息を殺すように必死に、実母に言葉をかける。
周りには、急な知らせを知った兄弟姉妹が全員集合していた。

それぞれの深い想い思い出すかのように、心では泣いていた。

それから病院で夜を迎えることになった僕は、固いベッドの上で、窓から眺めた満月の明かりに物思いに耽っていた。
いろいろな苦しいことも辛いことも、今は楽しい事しか思い出せない。

母の寝息を気にしながら、浅い眠りに落ちていく。

翌朝強い日差しを浴びた顔に、遮るように手を目に覆うように気づきながら目が覚めた。そこには、担当医師が椅子に腰掛けていた。
お話の中心は実母の容態のことに集中をざれるを得ない。
どんな会話を交わしたか、今では記憶が定かでない。僕は無機質な言葉に関心がなかったからだ。

医師よれば、どうやら実母の危篤状態も峠を過ぎたようで経過観察に移行するとのこと。
闘病生活は、これからもまだまだ続くことを理解した。そして、また再び同じような事象を覚悟しなければならない運命にあることを知った。


そんな状況では、WS100どころではないかもしれない。
ひとり身勝手な行動をとれば、“人”としての道を外れるような気がしてならないからのだ。

兄弟姉妹たちは、僕がWS100にエントリーしていること知っている。
そして、実母も知っていた。

意識の無い実母を見ながら、僕はひとりひとりに身勝手な行動にどうおもうか話をすることにした。

母はいつも言っていた“人生は一度だから、あなたの人生を楽しみなさい!
自分が決めたことをまっとうしなさい!“と。

そんな言葉が、会話の中に生まれてそして理解を得られたような気がした。

そして僕はその夢を叶う為に、行動することにした。

航空券


再び航空券を手配しなければならない。
いま手元にある航空券は昨日出発のもの・・・・すでに無効となっていた。

前日出発可能な旅行代理店に電話を急いだ。
そして、そのチケットは少し割高だったが、即代金を入金することにした。航空会社は、デルタ航空であった。

捨てたお金は無駄にはしない!!・・と、自分を納得させるしかなかった。
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