四国遍路の旅
2010 / 04 / 11 ( Sun )
005年から四国遍路の旅を少しずつ書き込むことにしましす。


どんな遍路の旅になるでしょうか?記憶を辿りながらの思い出遍路旅の始まりです。

2005年3月某日。うららかな春の朝,JR高徳線板東駅から「発心の道場」と呼ばれる阿波遍路の旅が始まります。

白衣に菅笠姿で一人佇むと、少し恥ずかしい気分です。でも、私アロハは秩父巡礼34箇所巡りで使用した遍路装束です。

少しは使い込んでいる愛着のあるその装束を着用して、菅傘・白装束に身を固めれば,私もお遍路さんの一人になる。


春の日差しに木綿の白衣が快く,菅傘の下に被った日本手ぬぐいは優しく紫外線を遮ってくれる。17キロ歩いて今日の宿は名前も嬉しい温泉山安楽寺。夜本堂でお勤めが始まります。

でも、ご無沙汰していた遍路装束ですから、どうもしっくりこないようで笠や袖を気にしている。金剛杖の扱い方にも戸惑いを感じます。



遍路装束で旅がスタート
 

極楽寺


その昔,遍路の旅は死出の旅であり,遍路の姿は死装束を意味します。
金剛杖は上部に五輪が刻まれており,死者を葬ってこの杖を立てれば墓標になったという。また,この金剛杖は御大師様の分身と考えられていて,この杖と歩くことで「同行二人」(どうぎょうににん),つまり空海と旅を共にするわけだ。にわか遍路もまずは形から。旅するうちに,この装束もしっくりくるようになるのだろうか?
 午前9時35分,いよいよ阿波23カ寺の遍路旅がスタート。まずは1番札所・霊山寺に向かう。ほどなく山門が見えてきて「いよいよ始まったな」と実感する。


1番札所・霊山寺の境内でお接待を初体験する 

境内では,地元のグループがお接待(地元の人によるお遍路さんへのおもてなし)を施している。これが,この後,何度となく接するお接待の初体験だった。頂いたのはハッサクと1升はあろうかと思われるお米。せっかくだが旅の始めから2キロものお米を持ち運ぶわけにはいかず,本堂にお供えすることにした。
 ローソクと線香をあげ,お札を納め,手を合わせる。まだ慣れていないせいで,動作がぎこちない。本堂横に集合して,般若心経とご真言とを唱えた。緊張感が失せぬまま最初の勤行が終わった。

 初日はほとんど平地ばかりの17キロほどの行程で,この旅では最も多い6つの札所を回る。お参りに慣れるには都合が良いし,札所は身体にとってはよい休息の場になる。

 歩き遍路のルートの多くは舗装道路や歩道だが,断片的に残る遍路道と呼ばれる昔ながらの道では,風の薫りさえも違うようだ。

土の感触が足裏に心地よい。3番札所・金泉寺から四番札所・大日寺へと向かう遍路道は田舎のあぜ道で,空が広く,春の陽光で周囲が明るく感じる。


 この遍路道で,小さなお寺の門前に犬がいた。寺番をしているのでしょうか?のんびりした時間にある犬の気持ちを感じます。

犬はゴロンと寝転んでしまった。遍路道の「のんびり」感が出て、いいかもしれない(笑)。

 6番の安楽寺に着き,初日の行程を終えたのが夕方5時。今晩は宿坊(お寺の中の宿泊施設)に泊まる。

宿坊とはいえ通常の民宿と変わらない程度の設備はある。この安楽寺には温泉もあり,歩き疲れた身体に心地よい。しかし,朝や夜の勤行と住職の法話があるなど,やはり宿坊なりのしきたりが伴う。



 疲れたとはいえ,元気はまだ十二分に残っています。 まだまだ、死にません。心地よい疲労感の中で、静かな寝息を聞きながら、明日からの遍路旅に心踊る夜を迎えている。明日も、心安らかに一人で歩きます。


巡礼 | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
<<夏山シーズは楽しみ♪ | ホーム | 東京日本橋から小田原駅まで85キロ>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |