90キロ激走!!/東京から小田原まで
2010 / 04 / 26 ( Mon )
4月24日(土曜日)




仕事で思ったよりも早く退社できたので、そのままお江戸日本橋に向かった。
いつもそうだが、小田原までの長い距離を思うと新たな感覚を呼び寄せてくる。

レースではないのだが、ただ旅路の出立が如きに心の整理が試させるのだ。
ひとつの趣を覚えるから不思議なものだ。
走旅は、急ぎ旅ではない。あるがままにのんびりと 、神社仏閣や道祖神などを散策する。




ある時は、お腹が空けば御当地の名物を食べ、美味い酒があれば舌鼓する。
風光明媚な情景を楽しみ、人々の触れ合い…それが走り旅の醍醐味である。
帰宅を急ぐ通勤客の雑踏の中を急ぐように地下鉄銀座線三越前駅に電車は滑りこんで行く。ホームを降りて、地上に通じる階段を上ればお江戸の起点である日本橋が現る。

三越のウインドウーの縁に腰掛けて、現代版旅衣装に着替えれば、変身!!
いよいよ出立のその地…日本橋より一歩を踏む。
折角だから、通りすがりの若いカップルにお願いして、スタート前の写真を撮ってもらう。

午後5時49分過ぎに、ぼちぼちとスタ ート。
直ぐに銀座の繁華街が現われる。車道は歩行者が溢れて、束の間の歩行者天国である。




交通規制された白バイやパトカーを左手に眺めながら、まずは多摩川を目指しましょう。

お腹も空いて、旧東海道品川宿で某大手牛丼チェーンで”牛丼”を食べましょう。

国道1号線を一路横浜に向かう。
東神奈川駅より京浜2号線に走り、保土ケ谷宿に至る。


過去に数度旧東海道を走った経験があるが、夜は初経験です。
旧道と思ったところが、新道だったりして道を間違え行き当たりバッタリ。
時刻は、午前1時過ぎ。保土ケ谷宿を通過すると、記憶の残る本陣屋敷が闇の中に佇んで生きを潜めていた。




旧道を走っていたら、前回工事された歩道が新しく整備されて居た。
旧東海道の松並木が植えられ、一里塚跡など建てれていた。
大正時代初期、保土ケ谷宿から小田原に向かって数キロに渡り有名な松並木が残っていた。


今はその面影すら残されていない。無乾燥な風景の中で、清涼感が漂う風景が続き古の旅人の如きに心が躍る。
古の記念物が整備されて居る。
興味津々で案内板を読んでは、次ぎから次と足を止めている。
少し時間をロスタイムではあるが、心穏やかな瞬間である。

午前零時を過ぎて気がついたのですが、こんな深夜にも関わらず人々の往来が多い。
若い人だけでなく、年配のお年寄り夫婦らしき人達が、週末の夜を楽しく過ごしているのだろう。

もちろん、週末で酔っ払いが多いですが…。

どこでもそうだが…駅前では居酒屋が多いね。赤提灯の鮮やかな色が心を誘う!あああ〜〜泡が飲みたいと!!


午前2時を過ぎて、藤沢宿にたどり着いた。
辻堂辺りを走行していると、背後からパトカーが接近してきた。
いつものアレだ!…と、直ぐに直感した。それは、職務質問である。
だいたい深夜零時を過ぎて、街中を走っていることが彼らの興味を引くらしい。




住宅街はすでに睡眠を貪っている中を、晧晧と照らされた月の光の下で、怪しい走り人がいること自体が、彼らには疑惑を抱くのであろうか?職務質問から逃げられない格好の餌食となってしまうのである。


“どうされましたか?”助手席に座る若い警官が、パトカー内から言葉をかけてきた。


“ご苦労様です”と、彼らに愛想良く返答する。ここで大切なことは無下な言葉を吐いてはいけない。それに反すると、この後が面倒になる事を知っているからに他ならない。


何事も、第一印象が大切である。
警官によれば、駅前に駐輪している自転車の盗難が多いらしい。
先ほど、盗難にあった自転車に乗っていた犯人を補導され、駅前交番で身柄を拘束されたらしい。犯人はひとりだけでなく、二人組みと聞く。


逃げたもうひとりは、走って逃亡中。そんな警戒中に、街中を走る人影を発見すれば、ご想像の如くに呼び止められても仕方ない。蜜を欲しがる蟻の如くに引き寄せられるが如きである。


では、こんな真夜中に何ぜ走っているかを説明しなければならない。
スパルタスロンやツールドモンブラン、ウエスタンステイトエンデユランスランなどレースに向けての夜間走であることを丁寧にご説明した。
警官ふたりが納得したかどうか別にして、“これから先、気をつけてください♪”と、優しいお言葉を戴く。


やっと職務質問から解放されて、パトカーのテイルランプが闇の中に消滅することを確認して、先を急ぐことにした。

ふと見上げた天空には、鮮やかに輝く満月を眺めていた。地球が誕生してからこの銀河系宇宙が形成されてから何千年、何億年、何兆年の時間が過ぎて行ったのだろうか?

人間には想像できないほどの過ぎた時間を思い返せば、何と些細なことに人間は悩んでいるのか?

悠久の旅人達が、見上げた空が今も現代の人々を月が照らし、そして生命の営みを芳醇に育て続ける太陽の恵みに感謝しなければならない。

そんなセンチメンタルな時間を享受しながら、心やすらかに眺める月光の中にある自分に想う。

空腹を満たすことは、現代では容易いこと。
飢餓…その言葉さえ痛みを共有できなない現代人には、食べ物ありがたみが少ないのかも知れない。どうな美味い料理でも、空腹でなければその価値も無い。

本当に大切な物は、そんなに多くないのではないだろうか?
そんな空想すら人間は生きていかなければならない。
もはや、空腹が訪れたようで深夜営業する飲食点を探さなければならない。
運良く発見したのは、某ラーメン店。

どんな麺かも全く事前確認していないので、味はどうかなど問題外である。
店の暖簾をくぐると、ラーメン特有の香ばしいにおいが充満していた。
どうやら麺は麺でも、北海道ラーメンのお店でした。

メニューの中でも一番安い”味噌ラーメン(650円)”を注文した。
今はサービス期間中らしくて、カウンターの中で忙しなく動く年配の男店員が説明してくれる。

“大盛り&ご飯(小)がサービスで付いてきますよ!どうされますか?”
これは、ラッキー!!早速、問答無用で“サービス”をお願いしました!!

さて、午前3時を過ぎ大磯駅前を通過する。



快調に進めた足は、やはり重たくなり睡魔が少しだけ襲う!

別に急ぎ旅でないので、バス停にあるベンチでごろ寝することにした。
少し寒いが苦痛ではない。





日の出は二宮駅付近。
徐々に温かくなってきた。太陽はありがたいものだ!!

小田原駅には午前7時過ぎに到着です。



駅構内では、小さな子供たちが“青い羽”の募金活動を行っていた。
可愛いその姿に吸いようされる募金箱に、数枚のコインを入れた。
別れ際に“頑張ってね!”と、ひとりひとりの子供達に挨拶をかけていた。


ようやく85キロの夜間走も終わり、緊張した気持ちから解放された瞬間こそが
一番大好きな瞬間ですね。


深夜に走ることは、なかなか趣があって楽しい。

なぜならば・・・走りに集中できるから不思議なのです!!

今後の予定は、GW明けに毎週金曜日または土曜日に行います。

コースは同じですが、ゴールは箱根芦ノ湖まで距離を延ばして、ひとり箱根駅伝をやることを計画しています。


天下の剣箱根越え経験すれば、自己の自信も生まれると確信している。


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