旧東海道を走り終えて想うこと。
2007 / 08 / 20 ( Mon )
くたびれた やつが見つける
 
一里塚


旧東海道400年を迎えている。
そんなことも知らずに東海道53次を走り旅していると、そんなことを知ることになる垂れ幕が各宿場に掲げられている。





当初、東海道を走ることを決意したのはスパルタスロンに向けての鍛錬に他ならない。

しかし、街道は歴史であり宿場は物語と知ると、歴史好きの僕には夢中にさせる魅了が内在していることに知ることになります。


予想はしてましたが、旧東海道は危機にあるようです。

東海道は、再開発の波に襲われて、昔の面影も儚い夢になりつつある。宿場の古民家の土壁が無惨に露出して、今にも崩れそうに揺れて見えてならないのだ。
宿場も既に名ばかりで、現代的なプレハブ工法の民家が興ざめに映るから不思議だ。
断熱材の隙間に押し込まれた家々が、何だか掘っ建て小屋に思えてならない。

歴史を積んだ古民家は、無人になると崩れ落ちる加速が進んでくる。
近年の合理主義で、ここ数十年の街道の街並みも大きく変わろうとしている。

道は、昔は人々のものであった。しかし、現代の道は車のためにあると痛感した。
例えば、幹線道路を潜る地下道や往来する車を跨ぐような陸橋が多く見受けれる。
これらの工作物は、一見すると人々の安全を守るように存在しているように思える。しかし、実際は違う。
高齢のお年おりには辛い階段が待っているに他ならない。
息を切らしながら、階段を登る姿は痛々しい。

本来、バリアフリーの一環でこのような環境は改善されなければならない。
人に優しい都市造りこそ、これから求まれている姿であると信じている。

なんでわざわざ階段を降りて、また登らなければならないの?素朴な疑問がわいてくる。

車が地下をはしればいいことで、人がすべきではいような気がしてならない。
まだまだ、車社会の都市造りの呪縛から開放されていないのではないだろうか?


暑い炎天下を走っていると、水が恋しくなる。すごく当然のような気がする。

旧道を走っていると、
街道沿いにある新興住宅と旧宿場との対応の仕方が違いに驚いてしまう。

街道そばにある水道には蛇口のハンドルが必ず外されている。
絶対に他人にはこの水道を利用させない絶対的が拒否の姿勢が窺われる。
人に冷たい、町つくりがここにある。


しかし、旧東海道の宿場町では話が違う。
沿道に置かれた水道には必ずハンドルが設置されていて、いつでも誰でも使用してくださいと言う暗黙の了解があるようなきがする。

なかには、ホースを沿道に向けて“どうぞ自由にご使用ください!”と、張り紙さえあるのです。

新興住宅街にない心使いを感じるのです。

同じ日本人でありながら、人の交流を疎遠にしている現代の社会が本当に幸せなのでしょうか?

暑い炎天下を走っていると、水が恋しくなる。すごく当然のような気がする。

旧道を走っていると、
街道沿いにある新興住宅と旧宿場との対応の仕方が違いに驚いてしまう。

街道そばにある水道には蛇口のハンドルが必ず外されている。
絶対に他人にはこの水道を利用させない絶対的が拒否の姿勢が窺われる。
人に冷たい、町つくりがここにある。


しかし、旧東海道の宿場町では話が違う。
沿道に置かれた水道には必ずハンドルが設置されていて、いつでも誰でも使用してくださいと言う暗黙の了解があるようなきがする。

なかには、ホースを沿道に向けて“どうぞ自由にご使用ください!”と、張り紙さえあるのです。

進行住宅街にない心使いを感じるのです。

同じ日本人でありながら、人の交流を疎遠にしている現代の社会が本当に幸せなのでしょうか?

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コメント
--ビデオ素晴らしいですね--

ビデオはより鮮明に東海道を思い出させてくれました。岩屋観音・片山神社・鈴鹿峠・宿場の情景懐かしく拝見しました。水道の開放は嬉しいですね、街道沿いでは随分お世話になりました。
by: コノチャン * 2007/08/21 10:32 * URL [ 編集] | page top↑
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