スパルタスロン2008完走記/ウルトラの娘さん
2009 / 06 / 22 ( Mon )




【はじめに】




「ヨウコ、何デ、キモノ着ナイノ?」


昨年の表彰式で素敵なイギリス人ランナーのこの一言で引退宣言を撤回、再チャレンジを決めたスパルタスロン。

英会話を習い始め茶道のお稽古も浴衣で臨み、準備は万端!動機は不純だけれどせっかく走るならもちろん完走したい。

中略

大きなレースを前に1人で調整していかなければならない不安や寂しさ、マイナスの思いが渦を巻いてじっとしていると気が狂いそうだった。

忘れたい一心で朝から晩までがむしゃらに走っていたそんなギリギリの状態をつないでくれたのはチームのメンバーやランナー友達から時々来る電話やメールだった。“がんばっているのは自分だけじゃない。“そのときの私にはそんな仲間の存在が何よりも嬉しかった。

【スパルタまでの走行距離と主要練習会・レース】


2007 12月 北九州〜国東〜別府180km走(大分空港140km地点で挫折)
2008 2月 北九州〜国東〜別府リベンジ180km走(26時間で完走)
5月 548km 萩往還250km(45時間51分04秒)を含む
6月 446km にちなんおろちマラソン100km(9時間53分47秒)を含む7月 566km 富士山合宿、玄海100kmマラソン試走(14時間45分で完走)を含む
8月 722km 麻生林道ナイトラン55km、北九州本城12時間走(自主練)を含む
9月 317km (スパルタまで) 

 私の場合はレースよりも練習会の方がよっぽどきつい。特に北九州URCで走った180km走は、寒さで凍えて本気で死ぬかと思った。

玄海100km試走は殺人的な暑さで熱中症と膀胱炎を併発し、ゴールで泣いてしまったくらいきつかった。“練習でレース以上の事をしていないと走れるわけがない”と言うのが私のウルトラに対する考え方だ。

【出発からスタートまで】


今年のスパルタスロンは『TEAM THE HORIZON 』の一員として参加した。

大部分のメンバーとはお台場24時間走や萩往還で事前に顔を合わせていたので、福岡空港〜関空〜ドーハ〜アテネまでの道のりは長かったけれどとても楽しかった。

250ユーロの参加料にも含まれる選手村のロンドンホテルは様々な国のランナーが集まるが、今年は直前に日本人専用のパレスホテルに変更された。食事もおいしく、フロントスタッフも親切で快適だったが、国際交流のチャンスが減ってがっかりだった。

レースまでの数日は、アテネ観光やエイドの荷物の準備、エーゲ海沿いを軽く走ったり、地元のスーパーでお土産探しをしたりしてのんびりと過ごした。

【スタートからコリントス(81km)まで】


レース当日の朝は4時に起床、部屋で日本から持っていたα米とインスタントみそ汁、果物などで簡単に食事を済ませた。

6時にバスでスタートまで移動する。辺りはまだ暗い。ライトアップされたスタート地点はとても幻想的で続々と人が集まってきた。

初出場者やスパルタ常連者、昨年のリベンジを誓うランナー、想いはそれぞれあるのだけれど、皆今からはじまるビックレースを前に興奮しているようで、辺りは騒然としていた。

カウントダウンでスタートし、小さな段差やあちこち穴につまずかないよう、足元に気を配りながら駆け下る。アテネの大通りは大渋滞が起きている。


警察の誘導で止められた車からクラクションが鳴り響く。まわりのスピードに飲まれてペースが全く分からなくなった。

いくつかの町を越え、20kmを過ぎたあたりからエーゲ海沿いのコースに入る。ここからは思わず声をあげてしまうほど、空と海のブルーがきれいだ。

ギリシャの色のイメージは青と白を思い浮かべるが、この空と海と切り立った白い岩肌がそう連想させるのだろうか。

海辺を覗き込むと海底がはっきり見えるほどの透明度。日差しはまぶしくなっていたが、この景色を記憶にとどめたくてサングラスをはずした。


アップダウンは結構あるが、気持ちが高ぶってそんなことは全然気にならない。246kmの中でここが一番わくわくする景色だ。

40km地点で時計を見ると3時間39分だった。

フルでいえば3時間50分のペース。練習ではスピード練習は一切していないが、本番でペースアップしても意外と走れるものだ。体が止められないくらい軽い。

今年は去年よりも断然涼しくて走りやすい。


最初の主要CPのコリントス(81km)についたのは8時間09分。

去年より30分くらい速く自分でもびっくり。身体は全くきつくない。続いてメンバーのZepさんが到着。チームサポーターの前村さんによると、他のメンバーはまだだいぶ後からきているらしい。


みんな無事に走れているだろうか。1時間半の貯金を作れてほっとする。

それにしても、主要CPというのにトイレがない。守衛さんに声をかけてかしていただいたが、この大会の(…ってより、ギリシャ自体)トイレのなさにはホントに閉口してしまう。

【コリントスからネメア(124km)を抜けて、リルケア(148km)まで】


102kmの街中のゼブゴラシオで長めに休憩を取るつもりで、約20分休憩してコリントスを後にする。

ブドウ畑の静かなコースに入ると日はかげり、今年は少し寒いくらいだった。充分貯金を作れているので余裕を持って走れる。

しばらく行くうちに冷えているのでちょっとトイレに…。前後のランナーがいない頃を見計らって茂みに入り、コースに戻ろうとしたとき、足をとられて転んであごと左ひざをおもいっきり地面に打ちつけた。

手に持っていたペットボトルは衝撃で割れてしまう勢いだった。大げさでなく、ここで今年のスパルタスロンは終わったと思ったくらい派手な転び方だった。


「あごが割れたかも?!」と、パニックになったところに向こうからやってきたフランス人カップルが駆けつけ、足を止めてしばらく一緒に歩きながら落ち着かせてくれた。恥ずかしいやら痛いやら…。何処を打ったか聞かれても、あごの英語が分からない。(笑)まさかこんなところをケガするなんて思っていなかった。


レース後のパーティで聞いた話だと、このカップルはお友達同士だったとか。2人は最後まで仲良く一緒に走って私の少し前にゴールしていた。100km近く走ってきて、きっと自分達もきっときつかったはず。

心遣いがとても嬉しかった。


ゼブゴラジオに到着。着替えを済ませ、痛み止めを多めに飲んだ。
足というよりもあごが心配だったからだ。幸い少し腫れたくらいで最後まで持ってくれた。多分最後は足やら何やらの痛みで何処が痛いかも分からなくなっていたんだと思う。

今年も日本から自分で用意してきたお粥やカロリーメイトなどの食べ物にはほとんど手をつけなかった。

やっぱり予測できない事態が起こる長ロングでは食べたいものなんてコロコロ変わって意味がないようだ。


しばらく行くとコースは徐々に登り始める。足場の悪い山道に入ると周りはすっかり暗くなっていた。

月は細い下弦の月でライトがないと真っ暗だった。
そのかわり、星がとてもきれい。
満点の星がここまで走ってきたご褒美だ。

昨年はここらでテンションがあがって山道を駆け登っていたはず…。うーん、こんな道あったっけ?(笑)

ずっと登り調子でうんざりしてきた。

おまけにここは女の子1人で走る場所じゃない。うわさでは地元のチンピラにさらわれた女性ランナーもいるらしい。

前を行く日本人の男性にお願いして一緒に進んでもらった。
北海道から参加の計良さん。
彼は初挑戦で楽々完走されていた。

次はまた違う世界の大会に挑戦したいと、完走パーティで余裕のコメントをされていた。

124kmのネメアにたどり着いたときはかなり疲れていた。

余裕は2時間弱。前半飛ばして後はのんびり走る作戦だったけれど、思っていたよりもコースが厳しい。

何となく胃がおかしい気がして、「少しでもエネルギーを」と、普段飲まない柑橘のジュースを口にした。

胃酸が急に上がってきた。こんなこと初めてで戸惑ってしまう。オーバーペースがいつの間にか内臓に負担をかけていたのだろう。胃腸は強いから安心と、胃薬は全く用意していなかった。

この後は緩やかなアップダウンでも胃にこたえ、道端で嘔吐を繰り返す…、といった地獄絵図になってしまった。

【リルケアからサンガス頂上(161.8km)まで】



夜中の1時53分に148kmのリルケアに到着。

エイドにはボランティアやサポート隊の他、選手の応援をしながらエイドをまわっている方もいる。

東京の杉浦さんの奥さんから食べられそうな物を用意していただいたが、ほとんど受付けないほど内臓が弱ってしまっていた。

食堂のトイレを借りて少し休んで元気なく出発した。それでも貯金は昨年より30分速く、1時間半あった。


サンガスまではひたすら登り。坂道が得意な私だけれど気持ちが悪くてひたすら歩いた。


つづらの山道は登っても登っても頂上につかない。うんざりした頃サンガス麓のCPに到着。

毛布に包って座り込んでいると、大阪の山本さんが追いついてきた。リベンジに燃える彼はまだかなり元気そう。

元気なランナーを見るとヘトヘトの自分と比べて余計に不安が募る。

下から見上げたサンガスは、登っていくランナーのライトと案内板の蛍光ライトがゆらゆら揺れている。朦朧として弱音を吐く私をサポートの前村さんが「ここまでくれば大丈夫!這ってでもゴールして!」と励ましてくれる。

心細い山の中で知った顔に会えるということは、本当にありがたいことだ。

山越えは足場に気をつけながら慎重に。

途中の断崖絶壁にはビニールテープが張ってあるだけで、滑ったら終わりだ。

山の頂上について再び毛布に包ってようやくチョコレートとコーヒーを口にできた。途中のエイドでいただいた胃薬が効いてきたようだった。


サンガスの下りは富士山とそっくりで、足場が悪くてなかなか飛ばせない。

ゆっくり身体に響かないように小走りで下っていく。
今年のサンガスはレースに備えて整備されていたとか。どおりで去年より下りやすかったはずだ。

【サンガス頂上からネスタニ(172km)を超えて、テゲア(195km)まで】


この辺りからはとにかくCPを一つ一つ超えていくことに専念した。

昨年この時間帯は、勢い余って暴走してしまうくらい元気だったが…。

正直言うと、昨年は124kmネメアを前に完走確実を確信し、エイドも手厚くスタッフも充実したスパルタスロンがどうして完走率が低いのか、ずっと不思議に思っていた。

私は今まで関門を気にして走ったことがないため、時間がない恐怖でこんなにも精神的に追い込まれるとは思っていなかった。

一歩間違えると、スパルタスロンは決して余裕がない関門との戦いだ。
体調1つでコースのイメージは全く違う。


ペースコントロールができずに撃沈するのは、私の悪いクセ。今思い出そうとしてもネスタニ(172km)からテゲア(195km)辺りまで記憶がすっかり飛んでしまっている。

とにかく1歩でも先へとあせっていたからだろう。


迷いそうに真っ暗なグルグルした下り坂や真夜中なのににぎやかなエイド、明け方の延々と続くブドウ畑。とにかく必死で少しでも余裕が持てるよう先を急いだ。


CPを移動しながら応援しているスタッフのおじさま=Billが次のCPに到着するたびに抱きしめてくれるのが、苦しい道のりの中でも次へ進むパワーになっていた。

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