第4回練習会(旧東海道日本橋から小田原宿85キロ)
2010 / 05 / 09 ( Sun )
第4回練習会(旧東海道日本橋から小田原宿85キロ)






さくら道国際ネイチャーランから毎週のように・・・いや!二週間で・・・四回目を迎えた旧東海道&国道1号である”東京:日本橋から小田原駅までの旧東海道約85キロ”を走った!

スタートは午前6時40分前・・・ゴールの小田原駅には午後9時5分に到着した。

さすがに身体が重くて、後半は大変でした。

また、暑さにも参りましたね!!泣






疲れが溜まっているようで、不覚にも大磯宿化粧坂にて、アクシデントが発生しまった!

松並木の根っこに足を引っ掛けてしまい、足が付いていけず前に転倒してしまった。
すぐにボデーチャックしてみると、両手と右手に皮が剥けて出血している。


急いで近くのコンビにで、水道の水で傷口を流して、消毒液を塗る。

ああああ悪夢だ!




今日の発見!!






江戸時代後期1863年(文久3年)創業の「割烹 田中家」
今は坂本龍馬ブームの真っ盛り!
書店を覗けば、龍馬関連の書物が店頭を賑わっている。
そして、ここ神奈川宿にも竜馬の痕跡が残されている。

龍馬の妻、お龍ゆかりの料亭らしい。
お龍は1874年(明治7年)頃、龍馬が亡くなってから、西郷隆盛の紹介でここ田中家で2年間ほど仲居として働いていました。今も創業当時のまま残っている田中家のお座敷は、ここにお龍がいたことを想像するととても感慨深いものがあります。

田中家は広重の「東海道五拾三次」にも描かれ、江戸時代から神奈川宿の宿場町で賑わいをみせていました。開国当時は、英語のメニューも用意され、外国からの賓客をきちんともてなすことができる料亭は田中家だけだったとか。従業員には英語やフランス語をいち早く学ばせ、接客の対応も万全だったそうです。その中に、お龍も仲居として働いていました。政財界の著名人や文化人も多数訪れるようになり、当時では一番の繁盛店として成長していきました。
全盛期にはこの界隈に約58軒もの料亭が並んでいたそうですが、地域開発や交通網の発展により、徐々にその数は減り、現存しているのは田中家一軒のみ。田中家の規模も縮小されてしまいましたが、今となっては当時の面影を残す貴重な存在です。




★次回開催★
日時:2010年5月14日(金曜日)または雨天の場合は5月15日(土曜日)
 
集合場所:東京日本橋 日本橋・日本国道路元標前

★コース:
日本橋〜戸塚宿
http://www.u-sol.co.jp/hodogaya/1rizuka/gEarth/gmap01.html

戸塚宿から小田原宿
http://www.u-sol.co.jp/hodogaya/1rizuka/gEarth/gmap02.html

★スタート:午後6時(参加者の都合を配慮可)
 ※注:5月8日(土曜日)の場合は、午前6時頃

★ゴール:小田原万葉の湯
[[http://www.manyo.co.jp/odawara/]]
今後の予定は、下記の通りです。

5月22日(土曜日)
5月29日(土曜日)
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